1.16 類は友を呼ぶ、のその先
monogatary.com 2026年1月16日のお題『自分にキャッチコピーをつけるなら』について投稿したものです。
タクヤ三十三歳。大阪住みが十年を超えるのに、いまだに大阪弁をしゃべれない。ひとり暮らしだが、独身主義者というわけではない。
その日の夜、会社帰りに寄ったスーパーで、俺はミサキを見つけた。
レジ前で、ミサキは見知らぬ老夫婦と揉めていた。
いや、正確には揉めているのはミサキだけで、二人は完全に巻き込まれている側に見えた。
「それ、会計まだ通ってへんで。そのお寿司。値引きシール貼ってあるけど、元の値段、違うやろ。貼り替えたん、ウチ見てたんやから」
店員は困惑して固まり、レジの後ろには行列。
俺は一瞬、踵を返そうとした。
関わると、ろくなことにならない。
経験上、それは間違いない。
だが、次の瞬間、ミサキが俺を見つけて、ぱっと顔を輝かせた。
「タクヤ!」
呼ぶな。
心の中でそう叫んだが、時すでに遅い。
「この人な、さっき値札貼り替えようとしてたんよ。絶対、見間違いやない」
老夫婦は慌てて否定し、店員はさらに混乱する。
……ああ、これだ。
この人は、いつもこうだ。
正義感が強くて、地獄耳で、
空気を読むという概念が、決定的に欠落している。
しかも、一度首を突っ込んだら途中で放り出せない。
「ミサキ、ちょっと」
俺は彼女の腕を引き、レジ横にずらした。
「証拠は?」
「ない。でも、見たもん。あんなことしたら、この店が困るやろ」
真っ直ぐすぎる目。
若杉から聞いた「和歌山の実家事情」が、ふいに脳裏をかすめる。
――親が決めた結婚から逃げるように大阪へ出てきた彼女。
もしかしたら、故郷でもこうやって「余計な正義」を貫いて、居場所を失ってきたのかもしれない。
自分をすり減らしてでも、彼女は「自分」を曲げられなかったのだ。
結局、防犯カメラを確認する流れになり、老夫婦は無言で店を出ていった。
……結果は「黒」。
ミサキの言ったとおりだったが、やり方は危うかった。
店を出た帰り道、ミサキが小さく息を吐いた。
「なぁ、ウチ、余計やった?」
「……正しかったよ」
「でも、面倒やったやろ? また事件にしてもうて」
否定はできなかった。
何も起きなければ、ただの買い物だったはずの夜。
平穏だけを求めるなら、彼女のような存在は、人生のプログラムに紛れ込んだ『バグ』でしかない。
「なぁタクヤ」
「ん?」
「ウチ、嫌われるの、慣れてんねん、でもな、正しいこと言うて嫌われるんやったら、それでええねん」
街灯の下で、笑う彼女の声は、少しだけ乾いていた。
孤独な戦いの鋭利な部分が、今の「お節介」となって表れているのだとしたら。
それを「迷惑だ」と切り捨てるには、あまりにアンフェアな気がした。
面倒で、厄介で、騒がしくて。
でも、彼女がいなければ、今日という一日は記憶の隅にも残らず、消えていただろう。
もし、今の自分にキャッチコピーをつけるなら、なんだろう。
――面倒な人ほど、物語を連れてくる。
それは、ミサキのことでもあるし、
そんな彼女から目を逸らせない自分自身への皮肉でもある。
静かな人生は、たしかに楽だ。
だが、何も起きない夜ばかりでは、人は自分の輪郭を忘れてしまう。
俺は今日も、平穏を望みながら、面倒な人の隣を歩いている。
その一歩先に、また何か起きるとわかっているとしても。
今の俺は、それを「アンラッキー」とは呼ばない。




