1.13 トラブルメーカー
monogatary.com 2026年1月13日のお題『ワンコインミステリー』について投稿したものです。
タクヤ33歳。大阪住みが10年を超えるのにいまだに大阪弁をしゃべれない。ひとり暮らしだが、独身主義者というわけではない。
その日俺は、ミサキをファストフード店に呼び出した。
正直、まだ二回しか会ってないし、交際しているつもりもない。
だから、別れ話という言葉には違和感があるが、彼女の猛烈なLINE攻勢に終止符を打つには、正面から向き合うしかないと考えたのだ。
しかし、待ち合わせ場所にミサキの姿はなかった。
「あの……、女性が一人で待っていたはずなんですが」
店員に尋ねると、窓際のテーブルを指し示された。
「すぐお戻りになるとおっしゃっていました。ご注文も二人分いただいてますが、こちらでよろしいですか?」
そこには、俺のためのホットコーヒーと、
彼女のものらしい、飲みかけのコーヒー。
そして、なぜか……手付かずのタピオカティーが、ポツンと置かれていた。
「これ、タピオカも彼女が?」
「はい。コーヒーを二つ注文して待っておられたのですが、急にタピオカを追加注文されまして。お届けすると同時に席を立たれました。つい先ほどのことです」
「そうですか。ありがとう」
何がしたいんだ?
俺はため息をつき、冷め始めたコーヒーを口にした。
ふと見ると、窓際のタピオカティーの脇に、ポツンと十円玉が置いてある。
「なんで十円?」
何か意味があるのだろうか?
ミサキと過ごした短い時間を脳内で総ざらいしてみる。
半個室居酒屋、カラオケボックス、ショットバー、寿司屋、映画館、それから駅の改札……。
十円玉やタピオカが話題になったことは、ない……はず。
だが、ふと閃いた。
……寿司屋。
先日の店は『ネタの二枚重ね』で評判になっていた。
もしこれが二十円なら、あの店を指すのか?
ということは、二枚じゃなくて、一枚ってことは『普通の寿司屋』か。
窓の外に目をやると、通りを挟んだ向かい側に、有名な老舗の寿司屋とタピオカショップが並んでいるのが見えた。
テーブルの上の配置と、外の景色の並びが一致している。
嫌な予感が、背中を駆け抜けた。
俺は席を立ち、店員に「すぐ戻ります!」と告げて外へ飛び出した。
寿司屋の前は、ちょっとした人だかりができていた。
「だから! オレの方が先に注文したやろ!」
カウンターで板前と怒鳴りあっている男がいる。
その人垣の隙間に、なぜか忽然と立ちはだかるミサキの背中が見えた。
「お客さん。先に席に着いていた方から順番に出してますから、間違いおまへん」
「いーや、オレの方が先や!」
どうも、料理を出す順番にイチャモン付けてる客がいるようだ。典型的なクレーマーだ。
「ちょっと、落ち着いてぇな」
なんで、そこでミサキが首を突っ込むんだ。俺は頭を抱えた。
「なんやあんた。関係ないやろ!」
板前さんもイラついていたのか、ミサキに向かって怒鳴る。わかるよ、その気持ち。
「ちゃうねん。関係あらへんけど、この人わざと騒ぎを起こしてはるんですよ! この人が騒ぎを起こしている間に、別の人が財布スッとるん、ウチは知ってんねんで!」
ミサキの叫びに、それまで騒ぎを見ていた客が懐を確認する。
「財布がない! さっきまで尻ポケットに入っていたのに!」
一人の客が叫んだ瞬間、別の男が表情を変え、出口へ向かって走りだした。
事情は飲み込めた。
俺は、自分の方へ突進してきた男の腕を咄嗟につかみ、体勢を崩したところを、もつれるように床へ押さえ込んだ。
「離せ、コラッ!」
男は暴れて抜け出そうとするが、周囲の客も加勢し、クレーマー共々御用となった。
結局、ミサキがファストフード店で男二人の「スリの打ち合わせ」を地獄耳で聞きつけ、実行犯を追ってここまで来たというのが事の真相だった。
警察への引き渡しを終え、俺たちは向かいの店に戻った。
「はああああ……」 疲れた。
「なんや、盛大なため息ついてからに。ウチのおかげで事件解決やで」
ミサキは、タピオカのストローを咥えながらドヤ顔を決めている。
「そんな大声でスリの相談なんてするかぁ?」
「いいや、めっちゃ小声やったで。ウチ、興味ある話ほど地獄耳になんねん」
「……」
どこをどう突っ込めばいいのか、わからん……。
「なぁなぁ、タクヤは、ウチの暗号に気づいて助けに来てくれたんやろ? 嬉しいわぁ」
その無邪気な笑顔を見ていると、俺の決心した『別れ話』が、どんどん形を失っていくのを感じた。
「でもな、タクヤがあの男を捕まえてくれんかったら、ウチの狂言になっとったわ。ありがとぅ」
ミサキが神妙な顔で頭を下げたことで、俺のココロがちょっとだけ痛む。
「……ほんで、タクヤの話ってなんやったん?」
ミサキがあざとく首を傾げる。
俺は冷めきったコーヒーを一気に飲み干し、視線を逸らした。
「……忘れたよ。大した話じゃない」
この空気で、「もう会うのはやめよう」なんて言えるはずがない。
彼女は、たしかに面倒で、騒がしくって、厄介な存在だ。
放っておいたら、どこでどんなトラブルに巻き込まれるか分かったもんじゃない。
でも、だからこそ。
……目を離すわけには、いかないのかもしれない。
俺は、心の中で二度目のため息をつき、腹をくくった。
これから先、彼女が関わると、なぜか必ず事件が起きることになる。
……それはまた、別の話。




