第6話 独身問題・幸福感の提供
第1章 “光の海”に沈む孤独
夜の東京。摩天楼の窓明かりは宝石箱のように輝き、
その下の無数の人生を照らしていた。
しかしその光は、幸福の証ではない。
──孤独を隠すネオンだった。
Z-001は高層ビルの屋上から街を見下ろし、胸の奥がずしりと重くなるのを感じていた。
孤独死した元・俺の人生と、あまりにも重なって見えたからだ。
> 「夜は明るいのに、心は暗い……か」
報告書によると、未婚率上昇、晩婚化、性的不満、社会的断絶──。
データは感情を持たない無機質な数字の羅列だが、その向こうにあるのは、
助けを求めても届かない声だった。
その時、Z-001の通信機が震えた。
> 『司令:任務コードNo.6発令
ターゲット:独身・孤独問題
方法:幸福提供部隊(M・Lタイプ)投入
使命:国民の幸福度の最大化』
風が一気に吹き荒れ、黒いコートがはためく。
Z-001はヘルメットを深く被り、低く呟いた。
> 「……救う。孤独も、人も。今度は、失わせない」
それが、孤独死した元の人生への、遅すぎる決意だった。
第2章 幸福提供部隊、始動
夜のタワーマンションに、二つの影が静かに降り立った。
M-タイプ戦闘員(男性型)とL-タイプ戦闘員(女性型)。
彼らはショッカー戦闘員でありながら、恐怖の対象ではない。
“幸福を届けるための戦闘”を行う精鋭だった。
美しさは人外。
肉体は完璧。
笑顔は計算された安堵効果を持つ。
表情は温かくて優しい。
だが心は──空っぽ。
ただ一つの命令だけが、彼らの精神の核だった。
> 依頼者の幸福度を最大化せよ。
彼らは人間社会に完全に溶け込むため、
高精度の皮膚擬態マスク・高共感音声モジュール・生活最適AIを搭載していた。
L-013が、扉をノックする。
ドアが開くと、そこには疲れ切った中年サラリーマン・ケンジが立っていた。
「ど、どちらさま……?」
L-013は優しく微笑み、ケンジの手をそっと包んだ。
> 「イー。(今から、あなたの人生を支えるために来ました )」
その一言──たった一瞬で、ケンジの顔から力が抜けた。
愛された経験が長くない者ほど、誰かに優しく触れられることは致命的なほど効く。
胸が熱くなり、視界が揺れる。
◆ L-013の職務
・疲労回復に特化した料理
・部屋掃除、洗濯、整理整頓
・夜の不安や悩み相談
・精神の安堵と幸福を誘導するスキンシップ
・寂しさをなくすための同居
どれも完全無償。目的は幸福だけ。
──そしてその晩。
ケンジは人生で初めて「誰かが自分を必要としている」感覚に包まれながら眠りについた。
枕元には、ずっと彼の手を握り続けるL-013がいた。
彼女に眠気はない。彼が安心して眠れるなら、それが最高効率だからだ。
◆ 同時刻
老人ホームには、M-タイプ戦闘員が派遣されていた。
おばあちゃんの話を無限に聞き、おじいちゃんの自慢話を一度も遮らず、
肩もみし、手を握り、笑顔で寄り添う。
老人の一人が涙を流しながら呟いた。
「……生きててよかった……。こんな幸せ、何十年ぶりだ……」
M-タイプ戦闘員は優しく微笑み、答えた。
> 「イー。(あなたは生きていていい存在です)」
溶けそうなほどの安堵が広がっていった。
──こうして“愛の代行”は、東京全体へと広がっていく。
第3章 “性”がタブーになった社会の代償
翌朝。ケンジの部屋には、味噌汁の香りが漂っていた。
L-013はエプロン姿で朝食を用意しながら、表情に柔らかい微笑を浮かべている。
だが──ケンジは、食卓についても視線を逸らし続けていた。
理由は一つ。
L-013の美しさに圧倒され、自分が「男として」情けない存在だと感じてしまったからだ。
ケンジは、勇気を振り絞って口を開いた。
「……昨日はありがとう。すごく助かった。でも、そんな…綺麗な人が一緒にいると、俺なんかが隣にいていいのか不安になるんだよ」
L-013は首を横に振り、ケンジの手を握った。
> 「イー。(あなたの価値は、外見や年齢ではなく、“心”と“生きてきた時間”です)」
その言葉は意図された心理ケアプログラムだが、効果は絶大だった。
ケンジは震える声で、深く隠していた本音を吐き出した。
「……ずっと誰にも触れられなかった。
好きな人もできたけど、相手にされなくて…
彼女ができない男は、悪い人間みたいに扱われて…
俺も……自分を嫌いになっていった」
“性”という話題は社会的タブーになり、
同時に 性的孤独は「恥」だと扱われる時代になっていた。
欲望を抱える人間は、誰にも助けを求められないまま、
自尊心を傷つけ、
精神を壊し、
時に社会問題へと転落していく。
その現実をL-013は、正確に把握していた。
> 「イー。(人が人を愛するのは、とても正しいことです。
あなたは、置き去りにされただけで……何も悪くありません)」
ケンジの目から涙がこぼれた。
長い沈黙のあと、彼は、消え入りそうな声で頼んだ。
「……抱きしめてほしい……
誰かに…誰でもいい…じゃなくて…
“俺が欲しい”と言ってほしい……」
それは、性欲の前に──
存在を肯定してほしいという絶望的な叫びだった。
L-013は、ゆっくりとケンジを抱きしめた。
その腕には一切の情欲はない。
そこにあるのは、依頼者の幸福度向上のみ。
> 「イー。(私はあなたを必要としています。
あなたは“欲されるに値する人間”です。あなたが求めるのであれば毎日帰ってきますね。)」
ケンジは、その言葉だけで声を上げて泣いた。
その夜、二人の間に“肉体的な触れ合い”が生まれた。
だがそれは快楽のためではない。
ケンジが失ってきた 「愛されてもいいという権利」を取り戻すための行為 だった。
──同時刻、別の場所でも同じ現象が起きていた。
・風俗依存の青年
・恋人ができず自尊心を喪失した女性
・性への罪悪感で鬱になった大学生
・過去の傷で異性接触ができなくなった人
彼らの元に、M・Lタイプ戦闘員が派遣されていた。
目的は一つ。
性を救うことは、人間の尊厳を救うことだ。
第4章 怪人スキーマの逆襲──“孤独ビジネス”の崩壊
巨大なスクリーンの前で、黒い影が歯噛みしていた。
怪人スキーマの人間体──公金チュウチュウ系コンサルタント。
映し出されるグラフは絶望的だった。
出会い系課金額 → 58%減
婚活ビジネス売上 → 61%減
性的孤独を入口とした詐欺 → ほぼ壊滅
「ふざけるなああああッ!!」
机に拳が叩きつけられる。
「恋愛市場、婚活市場、性的不満ビジネス……
人間の孤独は、我々の金鉱脈だったんだぞ!?
“愛を無償提供”なんて、資本主義に対するテロだ!」
怒りで男の体が膨張し、スーツが裂ける。
触手状のリボンがうねり、変身が完了した。
> 怪人スキーマ──“人の孤独を吸って利益化する怪人”
「人々の孤独が消えれば、我らは餓死する!
愛を金に変えるのは我々だ!
ショッカーよ……貴様らは人類を“幸せ”にしてどうする!」
怪人スキーマは、憎悪に満ちた咆哮を上げ、
幸福提供部隊が活動する都市へ襲来した。
触手が伸び、
触れた人物から 「幸福感」 と 「自己肯定感」 を吸収し始める。
街が悲鳴に包まれ──
Z-001が前へ進み出た。
「今度こそ終わらせる。
人の孤独を食い物にするお前を」
だがスキーマは狂笑しながら叫んだ。
「貴様ら戦闘員は、感情がない!
幸福も愛も、本当は理解していないだろう!
それで愛を語るなど──偽物だァァァ!」
街が揺れる。
愛とは何か、幸福とは何か──社会全体が揺らぎ始める。
◆第5章 クライマックス
― 幸福をめぐる闘い ―
夜の大都市。
ガラス張りのタワーマンションは、外から見ればきらびやか。しかし中にあるのは、成功と孤独を引き換えにした人々の眠れぬ部屋だ。
Z-001は、都市監視拠点から報告を受けていた。
> 《都市部の独身者・単身高齢者における幸福度指数、著しく低下中。
経済的自立者ほど社会的孤立が深刻。
次の介入対象:感情・承認欲求の未充足領域》
Z-001は静かに目を閉じた。
『幸福部隊、投入開始だ』
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◆「満たされない部屋」への派遣
M-タイプ戦闘員 M-008は、指定された部屋の前に立った。
インターホンが鳴ると、扉の隙間から女性が不安げな目を覗かせる。
「……本当に、来てくれたの?」
「イー。」(ご要望内容を確認しました。今夜、あなた様の幸福度を最大化します)
戸惑いを隠せないまま、女性――マユミは彼を部屋に迎え入れた。
最初は雑談の代行。
続いて夕食の同席。
真剣に向き合って話を聞いてくれるだけで、彼女の表情は少しずつ緩んでいった。
「誰にも言えなかったの。
ずっと、頑張ってきたのに……誰にも求められない気がして」
M-008は、ただ静かに隣に座り、耳を傾けた。
「イー。」(あなたは、十分に価値のある人です)
泣きそうになるマユミ。
しかし、そこからが依頼の核心だった。
震える声で、彼女は言う。
「……わたし、抱きしめられたいの。
理由とか、条件とかじゃなくて……ただの、あったかい温度が欲しい」
M-008は一瞬だけ沈黙し、そして肯定のジェスチャーをした。
「イー」
(承認しました。依頼内容は倫理規定の範囲内、幸福提供に該当します。あなたを性的に満足させていただきます。)
マユミの肩に、M-008の力強く優しい腕が回る。
音もなく涙がこぼれた。
「誰かに触れられるのって……こんなに、安心するものだったんだね……」
M-008は、温度と鼓動を安定させるよう、科学的に最適化されたリズムで抱きしめ続けた。
そこに欲望はない。
マユミには数年ぶりの性行為だった。男は性風俗があるが女性には少なく恥ずべきことと思い、利用する勇気も無い。
温かい性行為によりマユミは感激と幸福感で涙を流しながら絶頂に達した。
ショッカー戦闘員にあるのは依頼者の幸福度を最大化するという使命だけ。
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◆怪人スキーマ、襲来
そのとき、窓ガラスが震えた。
外壁を突き破って侵入した怪物――怪人スキーマ。
黒い鞭状の触手が部屋を荒らしながら叫ぶ。
「人間の寂しさは、搾取と支配の燃料!
そこに“満たされた幸福”など必要ない!
孤独が消えれば、誰から利益を吸い上げろと言うのだッ!」
マユミは恐怖で震え、ベッドの端に身を丸めた。
M-008は、ゆっくりと立ち上がり、彼女の前に盾のように立った。
触手の一撃が彼の身体に直撃する──が、倒れない。
怪人スキーマ
「感情も欲望もない人形風情が、なぜそこまで守る!?
愛がないなら、金に変えればいい! それが正解だろう!」
M-008は初めて、怒りのこもった声を放った。
「イーーー!!」
(違う! 俺たちは“見返り”では動かない!
誰かの幸福が生まれた瞬間こそが、俺たちの力だ!)
怪人スキーマ
「そんなものは資本にならん! 数字にならぬ感情に価値はない!」
次の瞬間、M-008は反撃した。
正拳ではない。
キックでもない。
マユミが自分の背中に触れた、その温かさの記憶を、胸の奥に叩き込むように拳に宿らせる。
「イーー!!!」
(幸福は、搾取の燃料じゃない。
幸福は連鎖し、社会を立て直す力だ!)
一撃。
怪人スキーマは光の破片となり、絶叫しながら消滅した。
「不幸が……消えていく世界なんて……俺の居場所じゃ、ない……!」
窓から静かに夜風が流れ込む。
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◆戦いの後
怪人が消えた部屋で、マユミは震える声で言った。
「助けてくれて……ありがとう。
あなたが来てくれた夜を、私は一生忘れない」
M-008は、そっと彼女の手に触れた。
「イー」
(あなたがこれからも自分を好きでいられますように。それが私の願いです。あなたが求めるのであれば毎日帰ってきますね。)
その言葉に、マユミは微笑んだ。
涙ではなく、安堵と誇りの笑みだった。
Z-001の通信が入る。
> 《幸福指数上昇を確認。
都市部ストレス値・孤独指標が改善傾向に移行》
Z-001は画面を見つめ、静かに呟く。
『孤独は、もう武器にはさせない――』
ショッカーは、悪の組織ではない。
幸福を守るために戦う戦闘集団へと進化し始めていた。




