BAD END⑧「視線の上げ方」
名簿室の暗さは、目を慣らそうとするほど深くなる。
深くなるほど、白い紙が浮く。
浮いた白は、読みたがる目を誘う。
わたしは床だけを見ていた。
棚の脚だけを追っていた。
木箱の留め具の“形”だけを見ていた。
それでも、ほんの一瞬――確認したくなった。
(……札の文字は欠けてる。読めない。なら、大丈夫だ)
その考えが油断だと気づくより先に、視線がわずかに上がった。
箱の上。
札の表面。
“文字のある位置”。
紙が笑った。
棚の背表紙が一斉に擦れる。
擦れる音は文字の洪水になる前の形で、空気を満たす。
満たされた空気が、喉の形に組み直される。
背後から声が落ちた。
「……汐見灯子」
フルネーム。
綺麗すぎる発音。
名簿室の中心から響く声。
終端札を落とすより早く、喉が“返事”を作る。
思考ではなく反射。
反射は最短で落ちる。
「……はい」
声が出た瞬間、紙が一斉に息を吸った。
吸った息がわたしの首元へ針の束で刺さる。
刻印が冷える。
影が増える。
二つ、三つ。
増えた影が戻らない。
床の上に落ちていた終端札が、ただの紙切れに見えた。
紙切れに見えた瞬間、負けを悟った。
棚の隙間から、無数の「はい」が滑り落ちてくる。
誰の返事でもない。
学院の返事だ。
……はい……
……はい……
……はい……
視界が白くなる。
救いではない。
欠落の白。
足元で紗灯の影が必死に重なろうとした。
でも重なる前に、わたしの影が“器”として固定されてしまう。
『……おねえちゃん……!』
声にならない叫びが、暗転に沈んだ。
【BAD END】
『名簿室――視線の上げ方』
・読ませる穴:開口(視線)
・呼名:成立
・返事:強制(「はい」)
・灯子:影落ち固定(回復不能)
タイトル画面へ
墨色の画面に、白い文字。
『影喰 ― 白鷺の夜鳴き ―』
右下に淡い表示。
[SYSTEM] “読まない”が破られました。
[SYSTEM] リトライ地点:8-1 名簿室・扉の取っ手前
▶ リトライ
ロード
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