6-10A2-2 BAD END⑥「名簿室への招待」: 鐘楼裏“名簿室”――答えを掴んだ瞬間、二人とも“答え”になる
口を閉じたまま次の手を探す。
……それだけのことが、こんなに難しいなんて。
部屋の暗さは変わらない。
変わらないのに、空気の通り道だけが一つに絞られていく。
扉が蓋。
天井が口腔。
床が舌。
そして――わたしの喉がその中心に据えられてしまう。
(部屋ごと喉になろうとしてる……)
未救出の子――膝を抱えたまま座っている彼女の輪郭がさらに薄くなった。
薄い輪郭は白く見える。
白いのは光のせいじゃない。薄く削れた表面の色だ。
彼女の口がまた動く。
……はい……
質問の前に返事。
会話の前にすでに回路が成立している証拠。
視界にUIが冷たく点灯した。
【欠落深度:上昇】
対象:一般生徒(未救出)
深度:4 → 4.5(境界)
“0.5”という半端な数字が気持ち悪いほど現実的だった。
欠落深度は段階じゃない。削れる速度を表している。
『……おねえちゃん……
だめ……
ここ……“へんじ” たくさん……』
紗灯の声が震える。
震えは恐怖じゃない。糸が足りない震えだ。
(なら、糸を増やす)
わたしは鞄の奥――折り畳んだ原初札に触れないまま、メモ帳を引きちぎった。
さっきと同じ。輪郭だけを作る。
だけど今回は“封”じゃ足りない。
彼女の輪郭を繋ぎ止めるなら、必要なのは 「ここにいる」 という現実の縫い目。
わたしはペンを走らせた。
”ここ”
たった二文字。
名ではない。返事でもない。
位置の輪郭。
その紙を彼女の足元――影の縁へ滑り込ませる。
紙は影に沈む。沈み方が札の動きに似ている。
……しゃり。
紙の端に残った乾きが、かすかに音を立てた。
彼女の白い輪郭が一瞬だけ止まる。
(止まった。いける)
その瞬間、部屋の隅の暗がりがゆっくり形を結んだ。
三つ重なる影。
制服の裾が揺れる気配。
でも、そこにいるのは「透子」じゃない。
透子の“像”。
放送回路へ固定された導線が作る、便利な口。
像が囁く。
「やさしいね、汐見さん」
「やさしいから、返事が増える」
言葉が毒だった。
毒は喉の裏で甘くなる。
わたしは言い返さない。
言い返しは会話。会話は返事の入口。
(会話にするな。手順にしろ)
視界に推理スロットを無理やり立ち上げる。
カードを並べる。
いま使えるものだけ。
A:媒介札破片:朱の導線(SR・封印)
B:放送室鍵タグ:文字欠落(SR)
C:影三重化の明滅(R)
D:即席メモ『ここ』(N)
E:原初札(封・仮)折り畳み(SR相当:状態)
スロットが回る。
回転音は耳ではなく喉の裏で鳴った。
【中級推理:結果(緊急)】
・部屋は“返事の海”=回路が最も固定しやすい
・未救出対象の呼名が燃料化し、欠落進行を加速
・封(仮)は“拡声器の出力”を落とすが、燃料は止めない
・燃料を断つには「呼名の終端」を作る必要
→(A)救出(輪郭の確定)
→(B)代替(名の空洞を別の輪郭で埋める)
【警告】“答え”の提示が黒幕の居場所を逆照射する
(逆照射……?)
その単語を理解する前に、部屋の空気が一段階狭まった。
狭まった空気が、わたしの喉へ針を刺す。
……へんじ……
まただ。
返事の形をした針。
わたしは名を握る。
(汐見、灯子)
握っているのに掌が冷えていく。
冷えるのは現実が薄いから。
未救出の子がゆっくり顔を上げた。
その目の焦点が合っていない。
合っていないのに、わたしを見ている。
口が動く。
……とうこ……
呼名。
呼名は燃料。燃料は回路。回路は欠落。
欠落深度がまた跳ねた。
【欠落深度:上昇】
対象:一般生徒(未救出)
深度:4.5 → 5(致死域)
(……間に合わない!)
わたしは紙をもう一枚引きちぎる。
“ここ”では足りない。
輪郭が薄い。もっと強い現実が要る。
書こうとして止まる。
名は書けない。
名を書けば名札になる。
名札は喉の餌になる。
では何を書く?
名の代わりになる輪郭――。
視界の端で折り畳んだ原初札が熱を持った。
鞄の奥がぬるくなる。
封(仮)がほどけかけている。
(だめだ、読む穴が開く……!)
わたしは鞄を押さえ込んだ。
押さえ込む動作が、また「応じた形」になりかける。
像が楽しそうに言った。
「正しいよ。正しいから、もっと壊れる」
透子の声だったか、黒幕の声だったか――もう区別がつかない。
未救出の子が膝を抱えたまま、ふっと笑った。
いや笑っていない。口角だけが上がった。
人形の笑い。
……だいじょうぶ……
大丈夫、という言葉の形をしているのに、内容がまったく伴っていない。
わたしは答えない。
でも答えないという沈黙さえ、この部屋では「はい」に変換される。
喉の奥で針が笑う。
わたしは必死に“救出”の手順へ寄せた。
呼名の終端を作る。
終端は輪郭。輪郭は現実。
わたしは紙に名ではなく 「あなた」 と書いた。
”あなた”
代名詞。
名ではない。
でも――呼びかけだ。
呼びかけは返事を呼ぶ。
(……くそ)
紙を出した瞬間、部屋の空気が甘くなる。
甘さは罠。
甘さは返事を増やす。
像が囁く。
「ねえ、汐見さん」
「あなたの“答え”――どこに向かってるの?」
質問の形。
質問は返事を要求する。
わたしは答えない。
答えないのに、答えが勝手に出る。
鞄の奥の原初札がひとりでに震えた。
折り目がずれて、読む穴が開きかける。
原初札の黒い濡れが紙の隙間から“呼吸”をする。
ぱち……ぱち……
ここにはないはずの明滅が、喉の裏で鳴る。
そして、校内放送が――一瞬だけ歪んだ。
「……放送委員より……」
「……鐘楼……」
「……裏……」
「……名簿……」
「……第四の……階段……」
断片。
断片なのに、十分すぎるほどの情報。
視界に冷たいUIが落ちた。
【最重要情報:獲得】
『黒幕の居場所手がかり:鐘楼裏“名簿室”/第四の階段』(SSR)
※探索先が特定される(次周回でも残留可能)
(……掴んだ)
掴んだ瞬間、代償が確定する。
未救出の子が口を動かした。
……わたし……
……だれ……?
欠落深度5。
ここで自分を問うのは、自分が消える入口。
わたしは答えられない。
答えれば名を与える。名は餌。
でも答えない沈黙が――ここでは「はい」になる。
喉が勝手に動いた。
「……はい」
自分の声じゃない。
わたしの喉が独りでに返事を吐いた。
返事が落ちた瞬間、部屋の喉が“固定”された。
未救出の子の輪郭が薄紙みたいに折り畳まれる。
折り畳まれるのに悲鳴はない。
悲鳴がないのが、むしろ残酷だった。
床へ落ちたのは人ではない。
空白。
名の抜けた紙片。
そして同時に、わたしの首元が“空洞”になる。
熱ではない。
焼けるのでもない。何かが抜かれた感覚。
【影落ち進行:急増】
灯子:―― → 100%(固定)
数字が確定した瞬間、身体が軽くなった。
軽いのは救いじゃない。
抵抗という重さを失った証拠だ。
像が満足げに笑った。
「うん。いい返事」
「答えも持ってきた」
「だから――君は鐘楼へ来る」
わたしは立っている。
立っているのに、立っていない。
影だけが先に動き、身体が一拍遅れる。
返事だけが口の中に残る。
「……はい」
もう名を握っている感覚がない。
名を握る手がどこにあるのか分からない。
紗灯の影が必死に重なる。
『……おねえちゃん……
いや……
いかないで……』
その声さえ遠い。
遠いのに喉の裏で返事だけが響く。
像が最後に囁く。
「“正しい”ものは、いちばん綺麗に壊れる」
視界が白くなる。
白は救いの色じゃない――欠落の白。
――――次のわたし――――
――どうかこの情報を受け取って――
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暗転。
【BAD END】
「名簿室への招待――欠落深度5/影落ち固定」
篠宮透子:逃走(導線は放送回路へ固定/像として干渉)
原初札:封(仮)成功 → 重要情報逆照射の媒介に利用される
黒幕の居場所手がかり:鐘楼裏“名簿室”/第四の階段(SSR)取得
一般生徒(未救出):欠落深度5(喪失)
汐見灯子:影落ち進行100%固定(回復不能)
追加:返事残留(次周回で誘導強化)
〈タイトル画面へ戻る〉
墨色のタイトル画面。
『影喰 - KAGEGUI - 白鷺の夜鳴き』
右下に薄い表示。
[SYSTEM] SSR:『鐘楼裏“名簿室”/第四の階段』は記録されました。
[SYSTEM] 代償:欠落(確定)/影落ち固定(確定)
[SYSTEM] リトライ地点:6-9A2 終盤(原初札“封”折り前)
カーソルがほんの一拍遅れて動く。
遅れた分だけ影が追いつく。
▶ リトライ
ロード
タイトルへ
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