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   14A1-C-a 遮断→封じ――喉の“息”を止め、塩の縁で口を縫う

 わたしはいま、点検口の縁を下側から見ている。


 朱い紙の輪。

 輪の中心に黒い濡れ。

 濡れは膜のように薄く――それでも確かに“こちらを見ている”。


 地下の冷気が喉の奥へ刺さった。

 息を吸うたびに声が軽くなる。

 声が軽くなるほど返事が漏れやすい。


 わたしは名の防壁を掌で握り、折り目を深くした。

 折り目は封。

 封は穴を潰す。


 手元のもう一つ――空白護符(塩縁)。

 名を書いてはいけない。

 名を書くと護符が“名札”になる。


 護符を握りしめ、心の中でだけ確認した。


(封じは縁、角から剥がされる。でも縁は残る。

 だから縁を塩で縫う)


 上から漏れる明滅が、ぱち……ぱち……と一定の周期で瞬いた。

 その周期に合わせて水路の音がわずかに変調する。


 水が「ことば」になりかける。


 ……こっち……


(意味にするな)


 水面を見ない。

 見れば映る。

 映れば目が合う。


 代わりに、配線の位置を“匂い”で辿った。

 金属臭の濃いほう。

 埃の匂いが混じるほう。

 上の喉へ繋がるほう。


 梯子の根元の壁に古い配線箱が埋め込まれているのが見えた。

 木枠。金具。

 そして小さなレバー。


 レバーの横のラベルは剥がれている。

 ここにも穴。

 ラベルの穴は指示の穴だ。


(当たり)


 レバーに手を伸ばした。

 金具が冷たい。

 冷たいのに、指先が熱い。


 その瞬間。


 地下の冷気が急に“薄く”なった。

 薄くなったぶん声が濃くなる。

 音が近づく。


 ……とうこ……


 耳ではなく、喉の裏から直接触れられる感覚。


 喉が反射で開いた。


(閉じろ)


 名の防壁を強く握り掌に痛みを作る。

 痛みで喉を閉じる。


(汐見、灯子)


 心の中で名を縫い付ける。

 声にしない。

 返事もしない。


『……おねえちゃん……

 いま……

 くる……』


 紗灯の影が足首から絡みつく。

 止めるのではなく踏ん張らせる絡み方。

 縫い目を増やす絡み方。


 わたしはレバーを下げた。


 ――カチン。


 乾いた音。

 現実の音。

 その音が地下の水音を一瞬だけ割った。


 上の明滅が止まる。


 瞬きが消える。

 呼吸が止まる。


 止まる瞬間。


 喉が最後の息を吐く。


 上からではない。

 下へ――地下へ吐き出される。

 冷気が一気に濃くなり、声が刺さる。


 ……へんじ……

 ……とうこ……


 短い。鋭い。

 針みたいに細いのに、深いところへ届く。


 わたしの喉が勝手に動く。


「……う――」


 声になりかけた一音。

 “うん”の入口。

 返事の入口。


 紗灯の影が叩いた。


『だめっ!』


 叩くというより、縫い止める。

 わたしの影と紗灯の影が一瞬だけ完全に重なる。


 奥歯を噛み、声を喉の中で砕いた。

 砕けた声は返事にならず、息に戻る。


(危なかった)


 呼吸は止まっている。

 だからいまが封じどきだ。


 点検口の縁に近づいた。

 中心は見ない。

 朱い輪の“縁”だけを見て、縁の貼り方の癖を読む。


 角から剥がされた護符の破れ方――地下護符(剥離痕)のカードが記憶の裏で光る。


(角は弱い。縁で縫う)


 名の防壁を取り出した。

 折り目を深く。

 折り目が穴を潰す向き。


 そして、札を貼る――のではない。

 下側からは貼りにくい。

 貼りにくい場所ほど、剥がされやすい。


 だからわたしは“縫う”。


 空白護符(塩縁)を朱い輪の縁へ沿わせる。

 塩の縁が朱い輪と触れる。


 その瞬間、紙が微かに鳴った。


 ……しゃり。


 塩が擦れる音。

 その音は小さいのに、効く。

 怪異が嫌う硬さ。


 塩縁を縁へ押し当て、ゆっくり回す。

 輪の外周をなぞるように。

 縁を縫うように。


 縫いながら、心の中で名を唱える。

 祝詞の代わりに。


(汐見、灯子)


 そして最後に名の防壁の札を“中心”へ重ねる。

 中心は見ない。

 見ないまま、折り目だけを穴に合わせる。


 ――ぺたり。


 札が吸い付く感覚はある。

 ”呼吸”が止まっているせいか、舐めの気配は弱い。


 掌で押さえ、強く圧をかけた。

 圧は意志。

 意志は縫い目。


 押さえたままメモ紙を一枚取り出し、たった一文字だけ書いた。


 ”封”


 歪んでいい。

 歪みはわたしの現実。

 現実は怪異の外側にある。


 紙を重ねた瞬間、札の冷たさが少しだけ“静か”になった。

 地下の水音が言葉へ変わるのをやめる。


 背後の闇がわずかに薄くなる。

 透子の影導線が距離を取った気配。


 ……また……

 ……つくる……


 予告。事実の予告。

 喉は閉じたが、学院は喉を作り直せる。


 それでも、今は勝った。


 視界にUIが浮かぶ。


【対処:成功(暫定)/神社裏通路補正】

・放送回路(喉):遮断成功(下側)

・原初札:封じ成功(名の防壁+塩縁縫合)

・舐め痕:軽微(呼吸停止後の封じ)

・混入:大幅低下

・影落ち進行:中(遮断反動/冷気増幅)

・取得:封じ技術(縁縫い)=次回以降の封じ安定度UP


『……おねえちゃん……

 すず……

 だいじょうぶ……』


 紗灯の声が少しだけ安心の温度を含んだ。


 わたしはは頷く。

 返事はしない。

 頷きだけで、名を握り直す。


(汐見、灯子)


 梯子を上る前、わたしは一度だけ地下通路を振り返った。

 見えないはずの奥で何かが笑った気がした。


 笑い声はない。

 声がないほど”返事”を誘う。


 わたしは口を閉じ、笑い返さない代わりに、心の中でだけ呟いた。


(返事はしない。次は材料を断つ)


 そして、梯子を上った。


 上へ。日常へ。

 日常の中で、次の刃を研ぐために。


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