★13A1-B 図書館経由――古い配線図、鍵、そして“索引の穴”
図書館の扉を押した瞬間、喉の奥が少しだけ楽になるのを感じた。
外の廊下は音が多すぎる。
多すぎる音の中に混入は紛れ込める。
逆に図書館は音が少ない――危ないはずなのに、ここは紙の匂いが“喉”を閉めてくれる。
紙は嘘をつかない。
少なくとも、嘘をつくときは“痕”が残る。
(情報で固める。封じ方を拾う。鍵を得る。
最短じゃないけど。だからこそ、負けない)
わたしはカウンターへ向かった。
当番の生徒は以前見かけた子ではない。普通の子だ。
でも、目線が落ち着かない。紙の端をいじっている。
「すみません。旧式の放送機材マニュアルって、ここにありますか?」
自分でも嘘が上手くなったと思う。
「……旧式、ですか。えっと……」
当番の子が棚を見ようとして、動きが止まった。
数秒の沈黙。
その沈黙が穴の形になる。
(まずい。思い出せない類の止まり方)
わたしはすぐ軽口を挟む。
「ちなみに“旧式”って言ったけど、私の頭の方の話だから。
最新機材とか言われると、見る前に心が折れちゃう」
「え……あ、そういう……」
当番の子が小さく笑った。
笑うと、止まった歯車が回り出す。
「マニュアルは一般棚じゃなくて……奥の“旧蔵資料室”にあるかも。
でも、旧蔵は鍵が必要で……司書の先生、今いなくて……」
(鍵が必要……)
わたしは頷いた。
「じゃあ、旧蔵資料室に入る手続きって、どうすればいい?」
「担任の許可か……委員会の印が必要です。
放送委員なら、単独で入れるはずなんですけど……」
当番の子の声が最後だけ曇った。
(放送委員の“単独”が、いま学院で成立してない。名が欠けてるから)
視界に淡くUIが滲んだ。
【証拠カード取得】
『旧蔵資料室:鍵/手続き条件』(R)
説明:放送委員権限が必要。欠落が手続きにも浸透。
わたしは“普通の転入生”の顔で言った。
「じゃあ、委員会の印……借ります」
「えっ、借りるって、そんな簡単に――」
「簡単じゃない……でもお願い! マニュアルがないと時代遅れになっちゃう!」
(ツッコミ待ちの言い回し、我ながら嫌いじゃない)
当番の子が呆れた顔で笑い、紙を一枚差し出した。
「この申請用紙、書いて出してください。
……あと、旧蔵の鍵は司書室の引き出しです。先生が戻れば――」
“先生が戻れば”。
それが今日戻る保証はない。
(今日のうちに行く。夜が来る前に)
わたしは申請用紙を受け取った。その紙の角がほんの少しだけ欠けている。
欠けは小さいのに、視界がそこへ吸われる。
(紙の穴。索引の穴。名の穴)
紗灯の影が足元で囁く。
『……おねえちゃん……
ここ……“さがす” へや……
でも……“よばれる” へや……』
「うん。呼ばれないように探す」
声は小さく、輪郭だけ。
*
旧蔵資料室は図書館のさらに奥――「関係者以外立入禁止」の札の向こうにあった。
扉のガラスは曇っていて内側が見えない。
見えないのに、紙の匂いだけが濃い。
司書室の前で足を止めた。
引き出しの位置は当番の子が教えてくれた。
でも、司書室は静かだ。静かすぎる。
(ここは危ない。音がないと、声が入り込む)
わたしはわざとスマホの着信音を“鳴らない程度”に操作して、画面のタップ音だけを立てた。
日常の雑音を自分で作る。
引き出しを開けると鍵束があった。
鍵に付いた札が二枚だけ“空白”だ。
(空白札。やっぱり)
空白の方には触れず、文字が残っている鍵札だけを取った。
”旧蔵資料室”
鍵は冷たい。
でも神社の冷たさとは違う。
機械的な冷え――設備の喉の冷えに近い。
鍵を差し込むと、錠前が小さく鳴った。
カチリ。
その音が図書館全体の空気を一瞬だけ止めた気がした。
止まった空気の中に声が落ちる。
……とうこ……
(返事しない)
わたしは目を細め、扉を押し開けた。
旧蔵資料室は低い棚が迷路のように並んでいた。
背表紙の色は褪せ、紙は黄ばんでいる。
棚札の文字はあるのに、ところどころ削られたように薄い。
中央の机に分厚い索引台帳が置いてあった。
索引台帳――“探す”ための本。
つまり、ここは学院が隠したものを辿れる場所だ。
(ここでカード素材を稼ぐ)
索引台帳を開いた。
ページをめくる音がやけに大きい。
そして気づく。
索引の項目のうち、ある文字だけが“抜けている”。
ほ――
ま――
み――
や――
行頭の五十音が欠けている箇所がいくつかある。
欠けはランダムに見えて、実は規則的だ。
(……“さ”行が薄い)
紗灯。
すず。
さ。
偶然じゃない。
目を細めて索引の“穴”をなぞるように読む。
読むというより、形を拾う。
ここで“ゲーム的な操作感”が立ち上がる。
頭の中のUIが紙の上に重なる。
【ミニゲーム:索引補完】
目的:欠落した行頭(五十音)を推理し、該当資料の棚番号を導出せよ。
ヒント:欠落は“呼名混入”が濃い領域ほど発生する。
材料カードを並べる。
『貸出傾向:校史/旧式放送機材マニュアル(SR)』
『保健棟来室記録:名前欄の空白(R)』
『旧蔵資料室:鍵/手続き条件(R)』
推理スロット――昼用の静かな回転。
(欠落は“放送回路に近い資料”ほど濃い。
校史と旧式機材の交点……)
索引の中に、わずかに残る単語がある。
……放送……配線……
……特別棟……
……回路……
指が止まった。
(配線図だ)
棚番号はページの右端に小さく印刷されている。
その番号の一部が黒く滲んで読めない。
数字は“読まない”。
代わりに、隣接する項目の番号から推測する。
“数字パズル”だ。
脳内に答えが嵌る感覚。
【索引補完:成功】
対象資料:『特別棟放送回路 配線図(旧式)』
棚番号:C-3(奥から二列目/下段)
わたしは立ち上がり、棚へ向かう。
棚の間を歩くたび影が伸びる。
紙の匂いが濃いほど声が入りやすい。
……へんじ……
(返事しない)
名の防壁を掌で握り直す。
痛みが現実に引き戻す。
棚番号C-3。
下段に厚いファイルがあった。
背にかすれた文字。
”特別棟 放送回路 配線図(旧)”
ファイルを抜いた。
その瞬間、埃が舞い、喉がさらに乾く。
(ここからが勝負。読むと削られる)
ページを“全部”は見ない。
必要な箇所だけ。
必要な記号だけ。
配線図は単純な線の集まりのはずなのに、線が“血管”に見えた。
学校が生き物みたいに、声を流している。
図の片隅に手書きの追記がある。
”点検口――機材倉庫――設備廊下”
※封が必要
(封が必要、って書いたのは誰だ)
視界にカードが落ちた。
【証拠カード取得】
『特別棟 放送回路 配線図(旧式)』(SSR)
説明:原初札の導線/点検口位置/“封”の必要条件を示す一次資料。
SSRの重さが内側で鳴った。
これを取ったことで、黒幕の視線が一段近づく気がする。
『……おねえちゃん……
これ……みられる……』
「うん。だから急ぐ」
わたしは配線図の“封が必要”の箇所を指で押さえ、目を閉じた。
目を閉じると線の形だけが残る。
(点検口の位置、機材倉庫、設備廊下……
Aルートの最短と同じ。
でもBは、”封の条件”を持って行ける)
さらに、配線図の裏に薄い紙が挟まっているのが見えた。
覗き込むのは危険だが、紙の端に“印”だけが見える。
朱で書かれた古い判。
”立入許可”
(鍵だ。物理鍵じゃない。手続き鍵)
紙を抜き、内容は読まず、判の形だけを覚えた。
判の形は“通行許可”として使える可能性がある。
【素材カード取得】
『朱判:立入許可(形状記憶)』(SR)
説明:扉・点検口の“手続き鍵”。提示により怪異の反応が鈍る可能性。
(こういうの、嫌だな。
怪異に“手続き”が効くってことは、学院の仕組み自体が儀式っぽいから)
ファイルを戻し、旧蔵資料室を出た。
出た瞬間ざわめきが戻り、喉が少しだけ息をする。
でも、背中に視線が残る。
図書館の奥から誰かが見ている。
*
カウンターへ戻ると、ちょうどみゆが来ていた。
ふらっと立ち寄っただけの顔。
「灯子、こんなところで何してるの」
「勉強」
「……うそでしょ」
「うそじゃない。
私の脳、旧式だから」
「さっきもそれ言ってた?」
「言ってない。今思いついた」
「うそだ〜」
みゆが笑う。
笑いは強い。
笑いの中に怪異は入りにくい。
みゆが何気なく言った。
「放送室さ、最近変じゃない?
音が割れるっていうか…… “呼ばれる”っていうか……」
背中が冷えた。
(呼ばれる。日常側が気づき始めてる)
「気のせいだよ。放送室も疲れてるんだよ」
「え、放送室が疲れるってなに?」
「機材も立派な労働者」
「なるほど〜! スピってるね~」
ツッコミが入る。
そのテンポが日常を強くする。
わたしは軽く言った。
「……放送室の裏、行かないほうがいいよ」
みゆが目を丸くする。
「え、なんで?」
ふと言い過ぎたと気づく。
言葉は種になる。
だからすぐに誤魔化す。
「裏、埃すごいんだよ。くしゃみで死ぬ」
「くしゃみで死ぬ!?」
(ツッコんでくれた。助かる)
でも、その軽口の奥でわたしは決めた。
(配線図と朱判を持って、放送室裏へ。
封じ札も準備できる。
次は“喉”の方に行く)
視界に控えめな通知。
【次の目的地】
特別棟:放送室裏(設備廊下)
所持:配線図(旧式)/朱判(形状)/名の防壁
図書館の天井のスピーカーから校内放送が流れた。
日常の放送。
ただし、最後の一拍だけ擦れる。
「――以上、放送委員よりお知らせでした」
擦れたところに声が挟まる。
……へんじ……
わたしは頷かない。
返事をしない。
ただ、名を握る。
(汐見、灯子)
そして、紙の匂いを背にして歩き出した。
(情報を持ったまま喉元へ行く。
これは“勝ち筋”だ。
だからこそ、黒幕は黙ってない)




