表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/74

   14A1-A-a 最後の放送混入

 配線盤の前に立った。


 古いブレーカーの列。

 指で触れれば金属の冷たさが皮膚を越えて骨に届く。

 ラベルが剥がれた箇所だけ周囲より黒ずんでいる。


(ここだ)


 名の防壁を左手で握り、右手をブレーカーに伸ばした。

 指先が震える。

 怖いからじゃない。

 この場所では、身体の微細な震えが“回路の共鳴”として増幅される。


 照明が、ぱち……ぱち……と明滅する。

 明滅と同じ周期で床の点検口の黒い濡れが膨らむ。


 ”喉”が呼吸している。


『……おねえちゃん……

 いま……

 いき すう……』


 紗灯の影がわたしの影にぴたりと重なった。

 影が重なると輪郭が少しだけ強くなる。

 縫い目が増える。


 心の中でだけ短く数えた。


(一、二、三)


 三で切る。

 迷う時間を削るために。


 ブレーカーを下げた瞬間。


 ――校内放送が倉庫の壁の内側で鳴った。


「放送委員よりお知らせです――」


 音が日常の放送の形をしていない。

 スピーカーの向こうではなく、床の穴から直接響いてくるような湿った声。


 喉が反射で開きかけた。


(返事するな)


 奥歯を噛みしめ、名の防壁を強く握った。

 札の角が掌を裂き痛みが視界を白くする。


 ブレーカーが下まで落ちる。


 その瞬間、照明が一度だけ強く光り――消えた。


 倉庫が暗闇に沈む。

 暗闇の中で点検口の黒い濡れだけがぎらりと光った。


 喉が閉じる。

 閉じる瞬間の最後の息が一気に吐き出される。


「――……とうこ……」

「――……へんじ……」

「――……す……ず……」

「――……こっち……」


 四つの声が重なり、頭の内側へ流れ込む。

 音ではない。

 音の形をした“引っ張り”。


 刻印が焼ける。

 名が引かれる。

 喉が勝手に動く。


「……な……」


 一文字が漏れかけた瞬間、紗灯の影がわたしの影を叩いた。

 叩くように重なる。

 縫い止める。


『だめっ!』


 紗灯の声がわたしの内側で強く響いた。

 その響きは“返事”じゃない。

 姉妹の回路。

 黒幕の回路とは別の糸。


 わたしはその糸にしがみつき、喉を閉じた。


(汐見、灯子。汐見、灯子。汐見、灯子)


 心の中で名を握る。

 握った名が爪痕みたいに胸に残る。


 暗闇の中で床の点検口が開く。

 黒い濡れが薄い膜のように持ち上がり、穴の縁から粘る光が漏れる。


 明滅は止まった。

 呼吸は止まった。

 でも、”喉”はまだ死んでいない。


 閉じた喉は最後に“唾”を溜めている。

 唾は黒い。

 名の残り滓だ。


(封じるなら――今だ)


 わたしはしゃがみ、点検口の縁へ手を伸ばした。

 視界が暗いのに、黒い濡れだけが見える。

 いや、見せられている。


 わたしは見ない。

 見えるのに見ない。

 視線を穴に合わせず、縁の朱い輪だけを見る。


 鞄から取り出したのは、神職の女性から渡された“名の防壁”とは別の、薄い札。

 折り目があり塩で縁取られた札。

 中心の空白が穴の呼吸を塞ぐ形になっている。


 わたしは札を両手で持った。

 札が冷たい。

 冷たいのは安心じゃない。

 冷たいのは、穴が熱を持っているからだ。


 そして、札を貼る直前。


 暗闇の奥から透子の“影”が滑るように現れた。


 人ではない。

 影だけが人の輪郭を持つ。


 影が笑っている。


 ……いいこ……

 ……へんじ しそう……


 喉が痙攣する。

 返事の衝動。

 反射。

 日常の癖。

 それがここでは死に直結する。


 わたし心の中でツッコミを叩き込んだ。


(その煽り文はなに!? バッドエンドの誘導が雑!)


 日常の速度が脳内に戻る。

 戻ることで喉が一瞬閉まる。


 その隙に札を貼った。


 札が縁に吸い付く。

 吸い付くのは糊のせいじゃない。

 穴が札を舐めている。


 札の上から掌で押さえ、強く圧をかけた。

 押さえる圧は意志の形。


(封じる。封じる。封じる)


 神職の女性の祝詞は口にしない。

 口にすれば回路になる。

 だからわたしも、祝詞の代わりに“自分の名”を頭で唱えた。


(汐見、灯子)


 名は呪いにもなる。

 守りにもなる。


 札が一度だけ震えた。

 穴が嫌がった。

 唾が逆流するみたいに、黒い濡れが縁へ滲む。


 わたしはさらに圧をかけ、札の折り目を深くした。

 折り目で穴を潰す。


 その瞬間、校内放送の混入が――遠くで途切れた気配がした。


 日常の放送が戻る。


「……以上、放送委員よりお知らせでした」


 “普通”の終わり方。

 普通の句点。

 それが泣きたくなるほどありがたい。


 暗闇の中で透子の影が薄くなった。

 滑るように後退する。


 ……また……

 ……ひらく……


 消え際の声。

 予告。

 脅しではなく、事実の予告。


(封じは仮だ。完全じゃない。

 でも、喉は閉じた)


 わたしは札から手を離さないまま息を吐いた。

 浅く。音を立てない吐息。


『……おねえちゃん……

 いま……

 すず……まもれる……』


 紗灯の影の声が少しだけ柔らかい。


「……うん」


 わたしは頷く。

 返事はしない。

 頷きだけで胸の奥の名を握り直す。


 暗闇の倉庫で、札の上にもう一枚、紙を重ねた。

 自分のメモ帳から引きちぎった紙。

 そこに一文字だけ書く。


 ”封”


 字は歪んだ。

 神職の字みたいに硬くない。

 でも歪みもわたしの意志だ。

 灯子が灯子として縫い付ける印。


 紙を重ねた瞬間、札の冷たさが少しだけ“静か”になった。


 視界にUIが浮かぶ。


【対処:成功(暫定)】

・放送回路(喉):遮断成功

・原初札:封じ貼付成功(仮)

・混入:大幅低下

・影落ち進行:上昇(遮断反動)


【注意】

・封じは時間で剥がされる可能性

・透子の影導線は“別口”で残存


(別口……)


 わたしは理解した。

 喉を塞いでも回路そのものは学院に残る。

 黒幕は別の”喉”を作れる。

 だから――次は“喉の材料”を断つ必要がある。


(透子。原初札。黒幕。

 回路の材料を断つ)


 倉庫の扉へ向かった。

 ブレーカーを落としたせいで廊下の灯りも一部落ちている。

 でもそれは好都合だった。

 人目が減る。


 扉を開けた瞬間、外の廊下の薄明かりが差し込む。

 日常の光。

 その光の中に戻ると、喉の乾きが少しだけ和らいだ。


 ただ――首元の刻印はまだ熱い。


(遮断反動。影落ち進行が上がった。

 次の夜は、もっと引かれる)


 それでもわたしは歩いた。

 戻る場所は日常しかない。

 日常の中でしか、名は守れないから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ