○6-8A2 追跡:追跡継続――透子の“札の匂い”、黒幕の居場所へ
わたしは唇を噛み、通路の奥へ走った。
(ごめん……でも、ここで透子を逃がしたら、もっと多くが欠ける)
背後から、かすれた声が追いすがる。
……とう……こ……
刻印が冷たく疼く。
名が引かれる。
紗灯の影が必死に縫い止める。
『……おねえちゃん……
あのこ……
いたい……』
「……ごめん」
わたしは声を出さないように、息だけを吐きながら走る。
曲がり角。
湿った板壁。
床に点々と落ちる朱。
(札をちぎって撒いてる……道しるべ。あるいは罠)
透子の気配は前方。
近い。
角を曲がった瞬間、透子が立っていた。
狭い通路の真ん中。
逃げ場のない位置。
なのに透子は落ち着いている。
「早いね」
透子の足元の影がすっと三重になる。
わたしの刻印が反応する。
【影落ち進行:上昇】
トリガー:影三重化(至近距離)
「……止まれ」
「止まったら、何するの?」
透子は笑う。
「殴る? それとも泣く?
どっちも、あの人は好きだよ」
(燃料を欲しがってる)
わたしは札の破片を拾い上げた。
指先が冷える。
札の裏に、読めない文字列。
(読んだら削れる)
だから読まない。
代わりに、カードとして“封じる”。
【証拠カード取得】
『媒介札破片:朱の導線』(SR)
説明:札は地下層の“出口”へ導く。読むと欠落が進むため閲覧禁止。
透子は一歩近づく。
「ねえ、汐見さん。
あなた、妹を守りたいんだよね」
返事をしない。
返事は禁忌。
でも沈黙もまた、ここでは“返事の代替”にされる。
透子は続ける。
「じゃあ、見せてあげる。
妹が“完全な形”になったときの――あなたの顔」
わたしの視界に、禁足地で見た“完成してしまった紗灯”がよぎる。
吐き気がするほど美しい影。
助けを求めない影。
(だめだ。イメージで削ってくる)
わたしは自分の掌に爪を立て、痛みで現実に戻る。
「……黒幕はどこ」
透子は初めて目を細めた。
「会いたい?」
透子が指を鳴らす。
乾いた音。
すると通路の奥、闇が“立ち上がった”。
……とうこ
呼名。
さらに近い。
喉の筋肉が勝手に動く。
(返事しない。返事しない)
透子が微笑んだ。
「ここではね、返事しなくても落ちるよ」
透子が床の朱の破片を踏んだ。
朱が糸みたいに伸びてわたしの影に絡む。
(っ……!)
影が引かれる。
足が一歩、勝手に前へ。
透子が囁く。
「あなたの影はもう“引ける”んだ。刻印があるから」
わたしは歯を食いしばり、影を踏ん張らせる。
しかし――背後の部屋から、また声。
……とう……こ……
(あの子が、まだ呼んでる……)
刻印が同時に二方向へ引かれる。
糸で引っ張られる人形みたいに。
透子の声が甘くなる。
「ねえ。どっちを選ぶ?
追えば追うほど、あの子は欠けるよ」
わたしの胸にBADエンドの芽が刺さる。
(追跡優先の代償か……)
視界にUIが浮かぶ。
【警告】一般生徒欠落:進行中
【警告】呼名(他人口)継続
【危険】名の引き抜き:加速
わたしは――走る。
透子を追い越すように。
導線の先へ。
透子が笑った。
「そう。そうやって選ぶんだね」
通路の先に細い階段が現れた。
上へ続く。
地上へ? それとも別の“日常”へ?
わたしが階段を駆け上がった瞬間、背後で扉が閉まる音。
そして、最後の囁き。
……いいこ
きみの なまえ
もう すこし
(やばい……本当に削られてる)
→6-9A2へ
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追跡は成功、だが救出は失敗に傾く。
地上へ出た先は放送室の裏――代替儀式の中心に繋がっていた。
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