●6-8A1 救出:“名の器”を引き上げる――返事の代わりに名を縫う
わたしは歯を食いしばり、踵を返した。
(追いたい。でも今は違う)
扉を押し開けると、あの生温い空気が一気にまとわりつく。
円形の部屋。床の紋様。
そして中央の“頭の欠けた影”。
影が小さく痙攣し、声を絞り出す。
……とう……こ……
その音が、わたしの刻印を引っ張る。
名前が自分から剥がれそうになる。
『……おねえちゃん……!』
紗灯の影が広がる。
わたしの足元を守り、音の“矢”を弾こうとする。
わたしは声を出さない。
代わりに、手を伸ばした。
床の紋様の中心――影の“胸元”にあたる位置。
そこに、白鷺女学院のリボンが落ちている。
さっき見えたリボンだ。
(これ、あの子の“所属”の手がかり)
リボンを拾う。
指先に糊のような冷たさが絡みつく。
リボンの裏に薄い刺繍の名前――途中までしか読めない。
――ずき
(……しずき? ちづき? すずき?)
わたしは眉を寄せた瞬間、自分のやり方を思い出した。
(推理スロット。ここは“正しいカード”を切らないと持っていかれる)
カードを並べる。
A:媒介札:篠宮所持(SR)
B:リボン刺繍:――ずき(R)
C:旧資料室の封印札(破れ)(SR)
スロットが回る。
回転音が部屋の壁に吸われる。
そして結果。
【中級推理:結果】
・対象は一般生徒(1年)
・名の欠落は“読みの部分”から始まっている
・救出条件:
①“返事”をさせない(音の遮断)
②“名前の輪郭”を先に与える(仮名札)
③影を床陣から引き剥がす(紋様の端を踏まない)
(仮名札……名前の輪郭を与える)
わたしは鞄からメモ帳をちぎり、ペンで大きく一文字だけ書いた。
「鈴」
“すず”でも“りん”でもない。
今は輪郭が要る。確かな形が要る。
その紙を影の胸元へそっと押し当てた。
影がびくりと反応した。
……す……
わたしは喉の奥で息を噛み殺す。
(返事させない。名前を言わせない)
次に、床の紋様の“外側”へ回り、紋様を踏まない位置から影へ手を伸ばした。
影の輪郭は触れないのに、冷気が指先を噛む。
『……おねえちゃん……
ひっぱって……
いっしょに……』
紗灯の影がわたしの影を押し上げる。
わたしの影が伸び、影に触れる――“影で引く”。
(影で引き上げる)
影を伸ばし、欠けた影の足元に絡めた。
ぐい、と引く。
床の紋様が、ぬるりと抵抗する。
湿った糊。
名を吸う床。
息を吐き、声にしないまま踏ん張った。
(汐見、灯子。汐見、灯子。汐見、灯子)
名を内側で唱えながら、影を引き剥がす。
べり、と音がした。
紙を剥がす音。
影が床から剥がれた音。
影がふっと軽くなる。
次の瞬間――影の形が、ほんの少し“人”に近づいた。
……すず……
わたしはすぐに紙を伏せた。
それ以上言わせない。
「大丈夫。今、出す」
影を引きずるように、部屋の外へ。
扉の外の通路へ出た瞬間、空気が少しだけ冷える。
影が震えながら“泣く”気配を出した。
涙はない。
でも泣いている。
(救えた……完全じゃないけど、欠落の連鎖を止めた)
視界にUIが浮かぶ。
【救出成功(暫定)】
・一般生徒:欠落深度 中 → 低(仮固定)
・影落ち進行:微増(救出負荷)
・証拠獲得:リボン刺繍/床陣の工程
通路の奥を見た。
透子はもういない。
だが――床に、朱の欠片が落ちている。
媒介札の破片。
(透子は逃げた。でも“導線”は残った)
『……おねえちゃん……
すこし……まし……
でも……まだ……』
「うん。まだ終わってない」
わたしは影を抱え込むようにして、出口へ向かった。
次は透子の尻尾を掴む。
そして黒幕へ。
(→6-9A1)
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救出した影は、保健棟ではなく“神社側”へ連れていくべきか。
灯子の刻印が“封印者”を求めて疼く――。
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