6-6 無影域の中心──追うか、守るか(※分岐実行パート;大分岐)
廊下の向こうで金属が鳴った。
カン、と。
それは鍵が落ちる音に似ていた。
禁書室の鍵の音。
あるいは、誰かの“名前”が床に転がる音。
わたしは反射で音の方向へ視線を走らせた。
夕方の校舎は帰り支度のざわめきに包まれている。
笑い声、足音、教室の椅子が引かれる音。
日常の音があるほど怪異は輪郭を隠す。
(だからこそ、危ない)
首元の刻印がじくじくと疼いた。
さっき篠宮透子に紗灯の名を呼ばれた瞬間から、痛みはずっと引かない。
『……おねえちゃん……
あぶない……おと……ふえた……』
「分かってる」
わたしは歩き出す。
人の流れに逆らわない速度で、しかし確実に、音へ近づく。
廊下の角を曲がった瞬間──
「きゃっ……!」
悲鳴とともに誰かがよろめいた。
視界の端、春川しずくが壁に手をついている。
「しずく……?」
「……あれ……ごめん、私……ちょっと……」
彼女の声は笑いの形をしているのに、息が浅い。
目が焦点を結べていない。
そして何より──影が薄い。
床に落ちているはずの影の輪郭が、紙を破いたみたいに欠けている。
(第二段階……進んでる)
わたしが一歩近づいた、そのとき。
しずくのつま先が廊下の“影の落ちない点”を踏みかけた。
小型無影域。靴ひとつ分の穴。
『だめ!!』
紗灯の影がわたしの影から跳ね上がった。
薄い壁のように広がり、無影域としずくの影の間に割り込む。
瞬間、空気が歪んだ。
音が一拍遅れて戻ってくる。
しずくがひどくゆっくり瞬きをした。
「……私……
いま……私の名前……」
言いかけて、口が止まる。
自分の名前が喉の手前で消える。
まるでそこに検閲の紙を貼られたみたいに。
(黒幕の代替儀式、“名前の欠落”はこうやって始まる……)
わたしはしずくの腕を掴んで無影域から引き離した。
「大丈夫。息して。ゆっくり」
「灯子……私……変……?」
しずくの目が泣きそうに揺れる。
普通の女の子の表情。
日常の顔のまま、怪異に巻き込まれている。
(ここで焦らせたらだめだ)
「大丈夫。変じゃない」
わたしは笑ってみせた。
それができるのは、怒りを氷に変えたからだ。
そのとき、また金属音がした。
今度は遠い。
階段の方角──旧資料室棟へ続く渡り廊下の方向。
視線を上げると、廊下の人混みの向こうに篠宮透子の背中が見えた。
ゆっくり、迷いのない歩き方。
誰かを待っているようで、しかし誰も待たない歩き方。
(行く気だ。旧資料室……地下……)
その背中の影が一瞬だけ増えた。
影が二本になり、三本になり、そして戻る。
照明の明滅に合わせて、影が増える。
(影が三つ重なる瞬間……透子は“導線”)
刻印が熱くなる。
頭の奥で、UIのようなものが滲む。
【影落ち進行:微増】
トリガー:
・無影域接触(近接)
・一般生徒の欠落症状(同一空間)
・媒介者(篠宮透子)の視認
舌の裏で自分の名前を確かめた。
(汐見、灯子。汐見、灯子……)
でも、しずくがここにいる。
みゆたちも近い。
この小型無影域が増えたら、日常の子たちから順に削られる。
篠宮透子は角を曲がって見えなくなった。
同時に、しずくが小さく呻いた。
「……ねえ、灯子。
私……私の“名字”、いま……」
しずくの影がまた薄く裂ける。
『……おねえちゃん……
えらんで……』
紗灯の声は震えていた。
それは恐怖だけじゃない。
紗灯は知っている。
ここが最初の、はっきりした分岐だと。
わたしは、息を吸う。
(追えば、透子を掴めるかもしれない。つまり黒幕へ近づける)
(守れば、ここで被害を止められる。そして日常を守れる)
選択肢が目の前に現れる。
【選択肢】(分岐)
A:篠宮透子を追う
B:しずく達を守り、無影域の中心を潰す
※※※※※※※※※
この選択肢は、灯子や他の生徒の”今後”に強く影響します。
慎重に選んでください。
※※※※※※※※※




