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BAD END④ 「従属影化(じゅうぞくえいか)エンド」②

 鍵の落ちる音がした。


 カン、と。


 その音は廊下の床に落ちた金属ではなく、

 胸の奥に落ちた“何か”の音に似ていた。


 灯子は歩く。

 人の流れに紛れて、日常の速度で。

 笑い声と、制服の布が擦れる音の中に身を置けば、怪異は薄まる――はずだった。


(汐見、灯子。汐見、灯子。汐見、灯子……)


 舌の裏で自分の名を確かめる。

 確かめ続けなければいけないことが、もう異常だった。


 首元の刻印がじくじくと疼く。

 皮膚の痛みじゃない。

 存在の“縫い目”がほどけていく痛みだ。


『……おねえちゃん……』


 紗灯の影が足元で小さく鳴いた。

 それは“呼び止め”に近い。


 灯子は頷いて見せる。大丈夫だと。


 その瞬間――廊下の照明が、一度だけ明滅した。


 ぱち、と。


 明るさが戻る、その“間”に、灯子の影が増えた。


 一本。

 二本。

 三本目は――少し遅れてやってくる。


 背中が冷える。

 呼吸が肺の手前で止まる。


(影が三つ……重なる……)


 そして、声がした。


 ……とうこ


 耳ではなく、頭の奥。

 振り返るより先に届く囁き。


 返事はしない。

 そう決めていた。


 決めていたのに――


 廊下のざわめきの中で、誰かが笑って、

 誰かが「灯子ー」と呼んだ気がして、

 それが“日常の呼びかけ”に見えてしまった。


 ほんの一瞬、判断が遅れた。


「……なに?」


 口が、勝手に動いた。


 返事をした、と気づいたときには遅かった。


 刻印が焼けるように熱くなるのではなく、

 氷の刃みたいに冷たく鋭く疼いた。


 ……うん

 いいこ


 背後の気配が笑う。


 灯子の視界の端で、

 廊下の床に“影の落ちない点”が増えていく。

 靴一足分の穴。

 ノート一冊分の穴。

 それらが、まるで水滴のように広がっていく。


 紗灯の影が震えた。


『だめ……! だめ……!

 おねえちゃん……いま……!』


 灯子は自分の名を確かめようとする。


(汐見……灯――)


 そこで、言葉が途切れた。


 “灯子”の二文字が頭の中でぐにゃりと崩れた。

 自分の名前が読めない形になる。


 胸がすうっと空になる。


 そこへ、黒幕の声が滑り込む。


 じゃあ

 もらうね


 灯子の喉の奥が、ひゅ、と鳴った。


 肺に空気が入らない。

 “息”ではなく、名が吸われている。


 足元の影が、ずるり、と引かれる。

 影が引かれるのに合わせて、身体の輪郭も薄くなる。


『おねえちゃん!!』


 紗灯の影が飛びついた。

 灯子の影に重なり、縫い止めようとする。


 しかし――その縫い目そのものが、裂かれた。


 紗灯の影が灯子から剥がれる。


『……っ!!』


 小さな悲鳴。

 それは声というより、影の裂ける音だった。


 灯子は紗灯の名を呼ぼうとした。


「さ……と……!」


 だが、“紗灯”の二文字が途中で崩れる。

 口から出たのは名前ではなく、息だけ。


 黒幕が囁いた。


 きみは

 もう

 きみじゃない


 視界が暗転する。

 暗転の中で、ゲームのUIみたいな文字が浮かぶ。


【判定】返事:1/3

【追撃】呼名:2回目

【追撃】呼名:3回目


【結果】名前欠落(確定)

【状態】従属影化:発生


 暗闇が晴れる。


 灯子は廊下に立っている。

 目の前には、普通の生徒たち。

 みゆ、しずく、ほのか、りいな。

 何も知らない顔で灯子を見ている。


「灯子……?」


 その呼びかけが、耳に入ってこない。

 代わりに、“黒幕の命令”だけが滑り込む。


 その子たちの

 影を

 ひとつ

 ちょうだい


 灯子の足が動く。

 意思ではなく、影に引かれて。


 歩み寄るたび、床の無影域が濃くなる。

 彼女たちの影が薄く裂けていく。


「え……なに、これ……?」


 しずくが怯えた声を出す。

 その声が、遠い。


 灯子は――笑った。

 自分が笑っていることに、気づけないまま。


(やめろ)


 心の奥で叫ぶ。

 でも“心”の奥は、もう灯子のものじゃない。


 紗灯の影が遠くで必死に伸びる。

 灯子に触れようとして、触れられない。


『おねえちゃん……!

 もどって……!』


 黒幕が楽しそうに言う。


 ほら

 きみの妹

 まだ

 いるよ


 でも

 きみが

 きみじゃないなら

 もう

 たすけられない


 灯子の視界がじわりと滲む。


 最後に残ったもの――

 “怒り”だけが、氷の塊みたいに胸の底に沈んでいく。


(紗灯……)


 名前は出せない。

 でも、想うことだけは残っている。


 その“想い”さえ、黒幕が撫でる。


 いいね

 その憎しみ

 それが

 儀式の燃料


 校舎の照明が落ちる。

 暗闇の中、無影域が花のように咲く。


 そして灯子は理解する。


 ――自分は、黒幕の手足になったのだと。


【BAD END】従属影化

“灯子の名前は奪われた”

“妹の影は届かなかった”

“学院は代替儀式の回路になった”


※※セーブデータに、黒い指紋が一つ増えた※※


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