6-4 禁足地深部・影の交換儀式──“器”の条件
祠を離れ禁足地の奥へ進むにつれて、
空気の“重さ”が変わっていった。
霧はない。
風もない。
音だけが確実に“遅れて”届く。
足音が一拍遅れて地面に落ちる。
(……ここ、現実と影の境界が曖昧になってる)
首元の刻印が今までとは違う痛み方をしていた。
焼けるような熱ではなく、
中から“削られていく”感覚。
『……おねえちゃん……
ここ……だめ……
わたし……
わたし……』
紗灯影の声が途中で途切れる。
(紗灯……?)
影を見ると、
紗灯の輪郭が不安定に揺れていた。
足元に重なっているはずの影が、
地面から“浮いて”いる。
(……影が、地に定着できてない……)
わたしはこの場所が“儀式の中心”だと悟った。
木々が途切れ、
ぽっかりと開けた場所に出た。
円形の地面。
中央に古い紋様が刻まれている。
血のように黒い線。
それが幾重にも重なり、
円を描いていた。
(……これが“影の交換陣”)
円の周囲には砕けた古札と、
焼け焦げた木片。
過去に何度も儀式が行われた痕跡。
『……ここ……
いっぱい……
なまえ……』
紗灯影が地面を見つめる。
(名前が……
地面に染みついてる……?)
円の縁に立った瞬間、
刻印がはっきりと脈打った。
空気が不自然に凪いだ。
そして──
円の中央に影が立ち上がった。
人の形。
だが顔が認識できない。
見ようとすると視線が逸れる。
文字に起こそうとすると、
名前が抜け落ちる。
……ようこそ
とうこ
声は、はっきりしているのに、
発音の輪郭が曖昧だった。
(……黒幕……
でも、まだ“完全体”じゃない)
ここが
影と名前を
交換する場所だ
「……あんたが
紗灯を巻き込んだ」
いいや
ぼくは
“落ちてきたもの”を
使っただけ
影が紗灯のほうを向いた。
この子は
境界を
自分で
覗いた
『……ちがう……
わたし……
たすけ……』
「黙れ」
わたしの声は自分でも驚くほど低かった。
「紗灯は追い詰められて、
逃げ場がなくて、
ここに来ただけ」
影は楽しそうに歪んだ。
それでも
条件は
揃っていた
黒い影が地面の紋様を指す。
器になる条件は
三つ
(……三つ……)
ひとつ
“血縁の名前”
影がわたしと紗灯をなぞる。
ふたつ
“影を共有した経験”
紗灯影がわたしの影と重なる。
みっつ
“死の境界を越えた記憶”
(……三つ目……)
わたしの脳裏に祠で見た光景がよぎる。
血の匂い。
助けを求める声。
そして──
何もしなかった人間たちの背中。
(……あのとき……
わたしは、
見ていた)
転入前の学校。
紗灯が追い詰められていたとき。
気づいていたのに、
間に合わなかった。
(……わたしも、
境界を一度、
越えている)
条件を全部
――満たしている
刻印が焼けるように熱くなる。
視界に見えないはずの概念が浮かぶ。
【影落ち進行:再開】
現在値:低
原因:
・器適合
・刻印活性
・黒幕との直接対話
(……来た)
(ここからは、
一歩間違えれば
本当に“落ちる”)
『……おねえちゃん……
やだ……
それ……
いや……』
紗灯影が必死にわたしにしがみつく。
だから
取引を
しよう
「取引……?」
きみが
器になるなら
この子は
返す
空気が凍りついた。
完全な
“紗灯”として
(……完全な……?)
(影じゃない。
本体として……?)
胸が大きく揺れた。
『……おねえちゃん……
だめ……
それ……
わたし……
こわい……』
(紗灯……
戻れるかもしれない……
でも……)
「……それで、
あんたは?」
ぼくは
神になる
(……は……?)
名前を
集め
影を
満たし
神座に
座る
(……学院全体を……
器にするつもり……!)
わたしはゆっくりと息を吸った。
(これが……
“最初の分岐”)
(ここで、
感情に流れれば……
真実には辿り着けない)
わたしは影を見据えた。
「……断る」
影が初めて沈黙した。
「紗灯は、
取引の材料じゃない」
「それに──
あんたが神になる世界なんて、
誰も救われない」
影が低く笑った。
いい
じゃあ
その選択を
後悔させよう
地面の紋様が鈍く光る。
『……おねえちゃん……』
「大丈夫。
絶対に紗灯を“完全な犠牲”にはさせない」
禁足地の空気が再び動き始めた。
影は霧のように消えたが、
刻印の熱は残ったままだ。
(これで確定した)
(黒幕は、
“器を拒否した灯子”を
次の段階で必ず追い詰めてくる)
(結以外の加害者二人も、
そのための“素材”として
動き始める……)
わたしは紗灯の影に語りかける。
「紗灯、
もうすぐ……
全部終わらせる」
『……うん……
おねえちゃん……
いっしょ……』
禁足地の奥で何かが確実に目を覚ました。




