6-3 封じられた祠と、紗灯の“欠けた記憶”
拝殿を離れたとき、
はっきりと分かった。
(……もう、後戻りはできない)
首元に残る“影の刻印”は、
薄く脈打つように熱を持っていた。
鼓動と同じリズムで、
じわり、じわりと存在を主張してくる。
『……おねえちゃん……
いたい……?』
「少しだけ。でも大丈夫」
わたしはそう答えながら、
自分の嘘を自覚していた。
痛みは、肉体ではなく“存在そのもの”に近い。
名前を削られ、影を削られ、
それでも立っていることへの代償。
(黒幕は……
わたしが“器になる”前提で
ここまで状況を整えてる)
怒りが、冷たく腹の底に溜まっていく。
神職の女性は、
祠へ続く裏道の前で立ち止まった。
「ここから先は……
本来、誰も入ってはいけない場所です」
彼女の声は低く、
震えを含んでいる。
「でも……
あなたたちは、もう関係者です。
逃げても、影が追ってくる」
(つまり……
進むしかない)
裏道は細く、
両側から木々が覆いかぶさるように伸びている。
昼間だというのに、
足元は夕暮れのように暗い。
土の匂い。
湿った苔の匂い。
それに混じって──
(……鉄の匂い?)
足が止まる。
『……ちがう……
これ……ち……』
紗灯の影が小さく震えた。
(血……?
ここで、何があった……?)
木々が途切れた先、
そこに祠はあった。
いや──
かつて祠だったもの。
屋根は半分崩れ、
柱には深いひびが入っている。
封印札は引き裂かれ、
地面には焼けた跡が残っていた。
(……荒らされてる)
人為的な破壊。
儀式の“途中放棄”の痕跡。
『……ここ……
わたし……』
紗灯影がわたしの影から離れ、
祠の前で立ち止まった。
その輪郭が不安定に揺らぐ。
「紗灯……?」
『……ここで……
わたし……
おとされた……』
胸がぎゅっと締めつけられた。
(やっぱり……
ここが……)
祠の中は思ったより狭かった。
床には古い布切れ。
踏み荒らされた土。
そして──
(……これは……)
わたしは祠の奥に落ちていた“もの”を拾い上げた。
割れたスマホケース。
中に挟まれた、折り畳まれたメモ。
『……それ……
わたしの……』
震える指でメモを開いた。
【おねえちゃん
もしこれを見たら
ごめんなさい
わたし
たぶん
もう
うまく いかない
でも
ここ
こわい
あの人たち
わらってた
だれも
たすけて
くれなかった】
視界が滲む。
(……紗灯……
こんなの……
一人で……)
『……おねえちゃん……
わたし……
ここで……
にげたかった……』
紗灯影がしゃがみ込むように小さくなる。
『でも……
あのこたち……
かげ……
へんなことして……』
(“あの子たち”……
加害者三人……)
『……なにか……
まるい しるし……
かいて……
なまえ……
よばれて……』
首元の刻印が熱を帯びて疼いた。
(刻印……
この祠で、すでに
“器の選別”が始まってた……)
『……おねえちゃん……』
「なに?」
『……わたし……
おされたんじゃ……ない……』
わたしは言葉を失った。
『……にげようとしたら……
あし……すべって……』
(……事故……?)
『……でも……
そのあと……』
紗灯影は祠の奥を指さした。
『……たすけて……って……
いった……』
影が震える。
『……でも……
あのこたち……
みない ふり……した……』
わたしの中で何かが音を立てて切れた。
(……“殺した”わけじゃない。
でも……
“見殺しにした”)
その瞬間、
わたしの怒りは炎ではなく、氷になった。
叫びたい。
泣きたい。
殴りたい。
でも──
それ以上に、
絶対に逃がさないという冷静さが
心の奥に根を張った。
(この真実……
あの子たちは、
“忘れたつもり”で生きてる……)
(許すかどうかは別。
でも……
必ず向き合わせる)
そのとき、
祠の外で、
影が揺れた。
人の形をしていない。
でも、
確実に“見ている”。
……みつけたね
とうこの いもうと
耳元ではなく、
祠そのものが喋ったような声。
(黒幕……!)
でも
それは
まだ
ぜんぶじゃない
祠の床に黒い染みが広がる。
染みは文字の形になった。
“影を落としたのは
だれ?”
(……誰……?)
(加害者三人?
それとも……
儀式そのもの?)
『……おねえちゃん……
あのひ……
うしろ……』
「後ろ……?」
振り返った瞬間──
祠の奥に、
“もう一つの影” が立っていた。
紗灯に似ている。
でも違う。
“影として完成してしまった紗灯”。
(……儀式が……
完全に終わっていたら……
あれが……)
寒気が背骨を這い上がる。
さあ
どちらを
えらぶ?
(……選択……?)
いもうとを
かえすか
まことを
しるか
(……最悪の二択……)
わたしは即座に答えた。
「どっちも選ぶ」
声は震えていなかった。
「紗灯を返す。
真実も、全部知る。
そして──
あんたを引きずり出す」
黒い影が、
楽しそうに歪んだ。
……いいね
それでこそ
きみだ
影は祠の闇に溶けて消えた。
静寂が戻る。
紗灯影はわたしの影へ戻り、
そっと重なった。
『……おねえちゃん……
こわかった……』
「大丈夫。
もう一人にしない」
わたしは祠を背に立ち上がった。
(これで確信した)
(加害者三人は、
“直接の原因”ではある)
(でも……
本当に紗灯を殺したのは──
儀式を作り、影を操り、
罪を“なかったこと”にした存在)
復讐は個人に向けるだけでは終わらない。
わたしは歩き出す。
禁足地の奥へ。
儀式の核心へ。
黒幕の名前を奪うために。




