6-2 神社の拝殿で欠ける記憶──封印者の証言
白い鳥居の前から一定の距離を戻ると、
参道の空気はわずかに“人の世界”へ戻ってきた。
風の音。
葉の擦れる気配。
(でも、紗灯をあそこへ連れていくのは危険すぎる)
『…… おねえちゃん』
紗灯影がわたしの足元にそっと重なる。
(紗灯はあの鳥居の先で形が揺らいだ……
黒幕がいる場所は、紗灯の“死側”と繋がってる)
そんな確信がわたしの胸を静かに冷やした。
参道をさらに戻り、神社の境内に足を踏み入れた。
鳥居と違い、ここはまだ安全域だ。
しかし、境内全体に薄い霞のような影が漂っている。
拝殿の前で、
ひとりの神職の女性が掃き掃除をしていた。
年齢は30代前半ほど。
白い狩衣の袖が揺れ、
夕日が淡く女性の姿を染めている。
(この人が、通知を送ってきた“関係者”? )
「すみません。さっき連絡いただいて──」
「灯子さん、ですね」
女性は穏やかな目をしたまま、
しかしその表情には“曇り”があった。
「あなたの来訪は…… 聞いていました。
けれど…… どうして呼んだのかが、
いま、思い出せなくて」
(…… 記憶の欠落)
女性は頭を押さえた。
「すみません……。
このところ、境内でも異変が多くて……
特に“名前”に関するものが……」
「名前……?」
「はい。
祀ってきた神名、
そして――“紗灯さん”の名前」
(紗灯……!? )
『…… わたし……?』
紗灯影がわたしの影に寄り添う。
女性は続けた。
「紗灯さんの名前が……
神社での祭儀を記した帳面に残されていました」
(…… 紗灯の名前が、神社の側にも残っていた?
それが消えかけている? )
「あなたの妹さんは…… おそらく、
この儀式に深く関与していた。
生前から、何か“見ていた”はずです」
『…… みて…… た……?
わたし……?』
女性は拝殿の奥へわたしを招いた。
拝殿の内部は薄暗く、
柔らかい畳の匂いが漂っていた。
しかし──
視界の正面にある板間の“御札棚”が異様だった。
(…… 文字が、消えてる)
御札に書かれているはずの神名が
ところどころ“空白”になっている。
「これが…… 儀式の影響です」
女性は低い声で言った。
「“名を喰う儀式”は、本来……
神に捧げるためのものではありません」
(じゃあ、何のための……? )
女性は視線を落とし、
言い淀むように口を開いた。
「……“影を分けるため”の儀式です」
(影を…… 分ける……? )
心臓が強く脈打つ。
(紗灯の影が分けられた……?
“影の紗灯”と“紗灯本人”が分裂したのは、
本当に事故だったの……? )
紗灯影が震えた。
『…… わたし……
わたし……“まえのわたし”と……
ちがう……?』
「紗灯、落ち着いて」
わたしは影に触れるように足元へ手を落とした。
女性は深呼吸し、わたしに向き直る。
「あなたの妹さんは──
儀式の“途中段階”で止まっています」
(途中段階……? )
「本来なら、影を分けた者は
“影と本体の名前が調整される”のですが……
紗灯さんはそれを待たずに……」
(…… 死んだ? )
「違います。
“奪われた”のです」
(……!)
女性は続けた。
「影だけが奪われ、本体は……
本来とは違う“名前の形”のまま
現世に残されてしまった」
(紗灯の名前が…… 歪んでた理由……)
『…… おねえちゃん……
わたし……もう……』
「違わないよ、紗灯は紗灯。
何があっても紗灯は紗灯なんだよ」
わたしは言葉を重ねた。
(でも、儀式の本質が少し見えた)
そのとき、
女性の表情が変わった。
「灯子さん……
あなたの首筋……」
「え?」
首筋に手を触れると、
冷たい感触がした。
皮膚に“紋様”が浮かんでいた。
墨のように黒い、
丸い印。
『…… おねえちゃん……!
しるし…… ついてる……!』
(影の刻印……!? )
女性の声が震える。
「その印は……
“器として選ばれた者” の証です」
(わたしが…… 器……!?
黒幕の……!? )
手が震えた。
女性は祈るように言った。
「灯子さん……
あなたは“名前を守る”選択をしなければ
紗灯さんの影は、
いずれ儀式に取り込まれます」
(…… 紗灯の影が、儀式の材料に……!? )
『やだ…… おねえちゃん……
たすけて……』
「絶対に守るよ。
絶対に、紗灯を奪わせない」
わたしが誓った瞬間──
拝殿の奥から声が聞こえた。
…… とうこ
もう……じかんだよ
(黒幕……! )
音のする方向を向くと、
拝殿の奥の暗がりから
“読めない名前の札”がひとつ、ぬるりと落ちた。
風もないのに、
札がひとりでに揺れた。
きみの “なまえ”
かえして あげる
(返す……?
わたしの名前を……!? )
しかし、その意味は──
“奪う”のと同義だった。




