5-7 旧資料室前──封じられた地下層への導線
図書館の前で割れた天井灯の破片は
生徒会の清掃当番が手早く片づけてくれた。
だが──
その後の図書館内部は、
まるで“音が抜け落ちた”ように静かだった。
(……これは“事故”じゃない。
監視影の干渉。
黒幕が本当に近くにいる)
わたしは深く息を吸い、
司書カウンターに座る先生に声をかけた。
「先生、大丈夫ですか?
さっきの天井──」
「……あら、汐見さん。
ええ……私は大丈夫よ」
優しい笑み。
しかしその目はどこか宙を泳いでいた。
(……視線が合わない)
司書は手元の管理簿に目を落としていたが、
その筆先がふるふると震えている。
「先生……?
何か、ありましたか?」
「いえ……ちょっと……変なのよ。
鍵の返却記録、確かに“7番”の棚に戻っているはずなのに……
棚が……棚が……」
司書の指先が棚番号を指す。
そこには──
番号札ごと棚がひとつ消えていた。
板が外れたとかではない。
棚そのものがなかった。
「え……?」
「ねぇ汐見さん。
ここ、もともと“何番の棚”だったかしら?
私……思い出せないの。
ここに何があったのか……」
(棚の欠落……名前の次は、“場所”の欠落……?)
司書の声は震えていた。
「ごめんなさいね。
今日は……なんだか、頭が……」
(記憶の欠落……
儀式の影響が“教師”にも現れ始めてる……!)
わたしは静かに頭を下げ、図書館を後にした。
図書館からの帰り道。
1階の廊下は昼の戻りで少し賑やかだった。
しかし、その賑やかさが妙に“薄い”。
女子生徒たちの影が、
いつもより細く伸びている。
(影の細長化……また何かが進んでる……!)
さらに、わたしの前を歩く2年生の女子が
友達に向かってこう言った。
「ねぇ、あたし……
今日、名字の漢字が一瞬だけ思い出せなかったんだよ。
“東雲”ってずっと書いてきたのに……
し……の……の……?」
(しずくだけじゃない……
生徒全体に“名前の欠落”が広がってる……!)
その時だった。
東雲さんの足元の影が、
ふわりとわたしの影と重なりかけた。
『……こえ……かさな……』
紗灯影が悲鳴のように足元から跳ねた。
(っ……危なかった……!
“他人の影と重なる”の、今は絶対ダメ!)
影が触れた瞬間、
わたしの中に何かが“上書き”される。
その直感が背骨に冷たい電流を走らせた。
学院の北端、
普段ほとんど通らない廊下。
古い木造棟の名残が残った、
昼でも薄暗い通路。
(ここを通ると、
“匂い”が変わる)
埃と木材の匂いに混じって、
ほんのりと墨と湿気の匂いが漂う。
そして──
その匂いに紗灯影が敏感に反応した。
『……ここ……にがい……』
「うん、私も感じる」
旧資料室の前に立った瞬間、
わたしは異変に気づいた。
足元に、
わたしの影
紗灯の影
天井の窓から差し込む、誰のものでもない“もうひとつの影”。
その3つが、
ほんの一瞬だけ交わった。
(今……重なった……?)
視界が暗転し、
耳の奥がきゅっと痛む。
『っ……!
だめっ……だめ……そこ……!』
紗灯影が、わたしの足から必死に離れようとした。
(紗灯が“逃げる”……!?
あの子が、あの紗灯が……!
ここ……相当ヤバい……!)
わたしはすぐに後ろへ下がる。
すると、第三の影は
光が差し替わったようにふっと消えた。
(“第三の影”……
これ、黒幕の“影の指標”……?
それとも儀式の揺らぎ……?)
頭が重くなる。
壁に手をつきながら呼吸を整えた。
旧資料室の扉は古い木製で、
中央にだけ新しい金具が取り付けられていた。
(普通ならただの開かずの間。
でも……鍵穴の形がおかしい)
そっと手を触れた途端──
コン……コン……
扉の奥から、“内側” を叩く音がした。
風でも、木が軋む音でもない。
明確に、“誰かがいる”。
(……中に“人”がいる……?)
だが、次の瞬間。
――とうこ。
名前を呼ばれた。
囁き声。
距離は近い。
しかし、誰の声でもない。
(っ!?
返事しちゃダメ!!)
紗灯が灯子の足元で必死に訴える。
『こたえちゃ……だめっ……!!』
わたしは唇を噛み、ぐっと耐えた。
すると扉の向こうの声は、音の無い笑いを漏らした。
……こたえないんだ……
空気が冷えた。
頸の後ろがぞわりと粟立つ。
いいね
じゃあ……
また よぶから……
(“また呼ぶ”……!?
黒幕は、わたしの名前を呼び続けるつもり……?
名前を……奪うために……)
拳が震えた。
扉の下の隙間から
ふいに小さな紙片が滑り出てきた。
拾い上げると、
それは“古いメモ帳の切れ端”だった。
《メモ帳の走り書き》
しらさぎの“した”
い る
なまえ
とられる
さ
おねえ
ちゃん
たすけて
(……紗灯!?
いや……これ、紗灯じゃない。
字が……違う)
わたしは震える指で文字をなぞる。
(これ……
“別の被害者”…?
儀式で名前を奪われた誰か……!?)
視界にカードが浮かぶ。
【証拠カード取得】
『旧資料室のメモ:救援願い』
レアリティ:SR
説明:名前を奪われかけた生徒が残したメモ。
備考:黒幕は“複数の生徒”を儀式に巻き込んでいる。
(みゆやしずくより前に、
“犠牲者”がいる……)
わたしは深く息を吐いた。
(黒幕は、
“名前”を、
“影”を、
“生徒そのもの”を儀式の素材にしてる……)
拳を握る。
(絶対に、紗灯を奪わせない。
結も──あの子たちも)
紗灯影がそっとわたしの指に触れる。
『……いこう……おねえちゃん……
した……こわいけど……
わたし……いる……から……』
「うん」
旧資料室の扉を見据えた。
(次は……
地下室に降りなきゃ)
旧資料室の奥、
さらにその下にあるはずの“禁書地下層”。
黒幕の影は──
そこに巣食っている。




