表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影喰 - KAGEGUI - 白鷺の夜鳴き【推理ホラーゲーム風味】  作者: 臂りき
第5章 静かな朝に潜む名前の歪み
34/74

5-4 結の隔離部屋──「名前」を取り戻すということ

 保健棟は昼の喧騒から切り離されたように静かだった。


 中庭の噴水の音も届かない。

 廊下は白く、光が反射して少し眩しい。

 窓の外は風が吹いているのに、

 建物の中は“風が止まっている”静けさだった。


(……なんか、やっぱり空気が違う)


 階段を上り、

 先生たちがほとんど来ない旧管理棟側の廊下へ進む。


 昨夜、裏山から戻ったあと、

 わたしと紗灯影が結を運んだ空き部屋だ。


(大丈夫かな……)


 扉の前に立つと、ほんの少しだけ胸が痛んだ。


 扉の前の床。

 光の角度。

 人の影の濃さ。


 どれも普通なのに、

 “ある一点”だけ歪んでいる。


(影の濃さ……変動してる)


 紗灯の影が足元で小さく震える。


『……こわがってる……』


(結が……?

 それとも、“なにか別のもの”……?)


 わたしはノックもせず、そっと扉を開けた。



 部屋の中は薄暗かった。

 カーテンは半分だけ開いており、

 午後の光が床に帯のように伸びている。


 ベッド。

 小さな机。

 消毒液の匂い。


 そのベッドの端に、

 結が小さく座っていた。


「……灯子、ちゃん……?」


 振り返ったその顔は、

 昨夜の影の怪異ではなく、

 ただの“泣きはらした少女”だった。


 顔色は悪い。

 目元は熱で赤くなっている。

 手は震えていて、

 肩が小刻みに上下している。


「結……大丈夫?」


 わたしが歩み寄ろうとすると、

 結は反射的に距離を取った。


「来ないで……!」


(……きた)


 名前を取り戻した直後に起こる

 “認識の崩れ”。


 影に染まっていたときには分からなかった「罪悪感」が、

 人間の心に戻って押し寄せてくる。


 結はわたしを見ようとしながら、

 でも見られなくて、

 そのたびに身体が震える。


「汐見灯子の前に……

 わたしが……いていいはずない……

 だって……わたし……」


 言葉が詰まる。


(そうなるよね……

 紗灯のことも、裏山のことも……)


 わたしはそっと椅子に腰掛けて、

 結と“正面から向き合わない”位置に座った。


 正面から見ようとすると結が壊れる。

 横顔くらいがちょうどいい。


「昨日のこと、覚えてる?」


「……覚えてる。

 全部じゃないけど……

 断片が……勝手に……」


(なら、話せる範囲からでいい)


 やわらかく声をかける。


「わたしは“怒ってる”よ。

 結が紗灯を追いつめたことに。

 あの日の祠に紗灯を置き去りにしたことに。

 そして……逃げたことに」


 結の肩がびくっと跳ねた。


 でも、その次の言葉を静かに続けた。


「昨日のあなたを見て……

 全部“怪異のせい”だったわけじゃないって分かった」


 結は顔を伏せる。


「……だったら……

 なおさら……わたし……」


「そう。

 なおさら、ちゃんとあなたと話したい」


 わたしはそっと、自分の影の横にいる紗灯影に触れる。


「紗灯は言ってたよ。

 “この子は、ずっと灯子のことで苦しんでた”って」


 結の目が大きく揺れた。


「わたし……

 わたし……さ……

 あの日……紗灯ちゃんを押したわけじゃ……

 ないの……

 ただ……

 逃げたの……

 “影”が出てきて……

 わたしを……つかんで……

 紗灯ちゃんを……」


(やっぱり“黒幕の影”……

 結自身の意思じゃなかった)



「灯子ちゃん……」


「ん?」


「わたし……

 自分の名前、思い出した瞬間……

 “誰かの声”が聞こえたの……」


(声……?)


「『戻ってくるな』って……

 『名前を名乗るな』って……

 『わたしの影から出るな』って……」


 全身が一瞬だけ寒気に包まれた。


(黒幕……

 “結の名前”を取り戻された瞬間に、

 直接干渉してきた……?)


 紗灯の影がわたしの背でざわりと揺れた。


『……くろ……い……』


(紗灯も感じてる……)



 わたしは自然と“推理スロット”を頭に呼び出す。


(結の話……

 これ、どのカードと組み合わせるべき?)


 現在の手持ちカード:


『名簿漢字の消失(複数クラス)』


『一般生徒の影異常』


『中庭の陽炎影』


『柿山の名前補正』


『結の影変質』


『結の名前奪取』


(黒幕の“声”……これをキーに……)


 わたしは三枚のカードをスロットに置いた。


A:『名簿漢字の消失』

B:『中庭の陽炎影』

C:『結の名前奪取』


(これで黒幕の居場所が分かるはず……)


 スロットが回転する。

 頭の中の像が白く光り、

 符号が収束していく。


 ──が。


 次の瞬間、

 わたしの視界に“赤字のノイズ”が走った。


【推理スロット:ERROR】

組み合わせ不適切

・情報不足

・黒幕は“別の層”にいる可能性

・推理の優先順位がズレています


(っ……!?)


 頭の奥で、軽い“痛み”が走る。


『……おねえちゃん……むり……』


(紗灯……?

 推理が……“拒絶された”?)


 深く息をついた。


(……まだ早い、ってことか)


 黒幕に関する情報が足りない。

 スロットが間違った結論へ行くのを防いだ形だ。


(推理失敗で、逆に分かったことがある……

 黒幕は“学院の中にいる”けど、

 普通のカードでは絶対に照合できない層にいる)



「……灯子ちゃん」


「なに?」


「さっき……

 “声”のこと言ったよね……」


 結は震える声で続けた。


「わたし……

 もう一つ聞いたの。

 『紗灯を返せ』って……」


 心臓が跳ねた。


「……返せ?」


「うん……

 灯子ちゃんの……妹……

 “紗灯の名前”……

 あれ……

 わたしを通して、誰かが奪おうとしてた……」


 電流のような寒さが背中を走った。


(黒幕は──

 紗灯の名前を欲してる……?

 紗灯の“名前”を手に入れたら、儀式の完成……?)


 紗灯の影がわたしの影の中で震える。


『……いや……

 いや……いや……』


 わたしは影をそっと押さえ込むように足を置いた。


「大丈夫。

 絶対に渡さないよ、紗灯も、その名前も」


 結は泣きそうな顔でわたしを見た。


「わたし……

 どうすれば……いいの……?」


 わたしは立ち上がり、

 ベッドのそばにしゃがむ。


 その姿は、傍から見れば

 まるで幼い子を抱きしめるようだった。


「まずは、“自分の名前”に慣れること。

 結はもう怪異じゃない。

 名前はあなたのもの。

 奪われていいはずがない」


 結の影がわたしの影に重なり、

 かすかに温かさが滲んだ。



(黒幕は紗灯の名前を狙っている。

 影の実験を学院で続けている。

 結を媒介に儀式を進行させた。

 そして──

 結の“名前”が戻った瞬間に焦った)


 だから、


(今日、絶対に図書館に行く。

 学院の資料、儀式の記述……

 “白鷺の祀”の完全な原型を見つける)


 わたしは結に声をかけた。


「少し休んでて。

 先生には“体調不良”って言っておくから」


「灯子ちゃんは……?」


「調べるの。

 あなたを影にした儀式のこと。

 紗灯を落とした“古い祠”のこと。

 そして──黒幕の正体を」


 結はゆっくりうなずいた。


「……こわいけど……

 でも……

 灯子ちゃんが行くなら……

 わたし……

 待ってる」


 その言葉は弱々しいのに、

 どこかしっかりしていた。


(名前を取り戻したからだ……

 この子は、やっと“人間の声”で話せてる)


 立ち上がり、扉を見た。


 影が二つ。

 わたしの影と、紗灯の影。


 その奥には、

 薄いけれど確かに“第三の影”の気配があった。


 黒幕は、未だにこの学院のどこかで

 わたしたちを見ている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ