5-3 昼休み・中庭で揺れる噂と影
昼のチャイムが鳴り響き、
教室の空気が一気に明るさを取り戻した。
「はーいお昼ーーッ! パン買いにいくぞー!!」
志藤りいなが勢いよく立ち上がり、
廊下へ全力疾走していった。
毎日パン争奪戦をしているのに、一度も勝てていないのが逆にすごい。
「走らないでくださいっていつも言われてるのに……」
綾瀬みゆが苦笑しながら弁当袋を広げる。
しずくもほのかも、こはるも、自然に集まってくる。
(毎日だよね、このメンバー)
このクラスは“仲がいいタイプ”の女子が多い。
喧嘩や派閥も少なく、昼休みも穏やかな声が響いていた。
そんな中、わたしはさりげなく周囲の影に視線を向ける。
(……うん。
この五人の影は“自然”。
まだ儀式影の影響は出てない)
影の濃さ、長さ、動きの同期。
どれも普通の高校生そのまま──ホラー要素はゼロ。
だからこそ、この子たちの存在は救いだった。
わたしは中庭へ移動する。
風が柔らかく、
噴水の周りでは三年生らしき先輩たちが笑っている。
芝生では一年生がランチシートを広げて楽しそうに話していた。
(……普通の景色、のはずなんだけど)
中庭の真ん中だけ、
“音の密度”が少しだけ薄い気がした。
そこに気づいた瞬間、
足元の紗灯影がふっと細く揺れる。
(紗灯……感じてる?)
『……いる……』
気のせいではなかった。
中庭の中央に、まるで陽炎のような“影の揺らぎ”がひとつあった。
人の形にも見えるし、
ただの光の屈折にも見える。
(黒幕は、昼の学院にも痕跡を残してる……)
そっと目を細めた瞬間、
頭の中にカードが生まれる。
【証拠カード取得】
『中庭の陽炎影』
レアリティ:R
説明:中庭中央に人型の影揺らぎ。黒幕の監視痕跡か。
効果:監視イベントの発生率上昇。
備考:放置すると“視線イベント”へ派生。
(ここ、一人で来ると危ないやつだ)
*
しずく・みゆ・ほのか・こはるの四人が、
わたしの周りに自然と集まった。
「灯子ちゃん、今日のお弁当どこで食べる?」
「ベンチ空いてるよー!」
「見て、今日唐揚げすごい出来いいの!」
「昨日いっぱい作ったから持ってきたー!」
わいわいと弁当の包みが広がり、
色とりどりのランチ時間が始まる。
わたしも座りながら、ふとみゆに声をかける。
「ねぇ、みゆ。
朝、先生が柿山さんの名前読みづらそうにしてたじゃない?」
「あー……あれね。
実は最近“名簿の漢字が薄くなる”って他のクラスでもあるらしいよ?」
「えっ、そうなの?」
「うん。
一年の方でも名簿がちょっと変だったって。
ほのかが教えてくれたんだよね?」
「『漢字が消えたみたいに見える』って子がいたよ」
(うわ……こっちにも出てる……)
黒幕の儀式は、すでに学院全体に波及している。
普通の生徒たちはそれをただのミスと思っている。
だが──わたしには分かる。
(これは“名前を消す術”の影響……さらに広がってる)
意識を向けると、
またひとつカードが生じる。
【証拠カード取得】
『名簿漢字の消失(複数クラス)』
レアリティ:SR
説明:複数クラスで名前の一部欠落が発生。
効果:黒幕の術式範囲の推理に使用。
備考:図書館イベントで“意味”が判明。
(……これ、今日中にまとめて推理スロットにかけた方がいいな)
こはるがぽつりと言った。
「……ねえ、灯子ちゃん」
「ん?」
「今日ね……廊下で自分の影見たら、
なんかほんの少し短くなった気がしたんだよね」
パンをかじっていたしずくも、手を止める。
「わたしも……。
気のせいかもしれないけどさ」
(……!
影の異常が、普通の子たちに出始めてる)
胸が冷える。
(早い。想定よりずっと)
わたしはすぐ笑顔を作って返した。
「疲れてるだけじゃない?
昨日、テスト勉強だったでしょ?」
「まぁ……それもあるんだけどねー」
「影の長さはね、気圧で見え方もちょっと変わるらしいし」
と、それっぽい冗談を言うと、
普通の子たちには納得された。
(……よかった。
気づかれたら危険だし、巻き込みたくもない)
だが──わたしの視界には別のカードが浮かんでいた。
【証拠カード取得】
『一般生徒の影異常:初期段階』
レアリティ:SR
説明:普通の生徒2名に影の短縮が発生。
効果:儀式の進行度(2日目・昼)を示す。
備考:黒幕は“学院全域の名前”を狙っている。
(これ……本当に時間がないな)
唐揚げを食べていたほのかが、ふと思い出した声で言う。
「そういえば……変な噂聞いたよ」
「変な噂って?」
「”白鷺神社の奥の古札が、最近勝手に消える”って。
宮司さんが困ってるんだって」
(古札……影の札……!
儀式と関係ある。かなり重要なはず)
即座にカードが生成される。
【証拠カード取得】
『学院神社の古札消失』
レアリティ:SSR
説明:儀式の核の一部。黒幕が回収している可能性。
効果:黒幕の目的の推理に必須。
備考:図書館編の“禁書の封印”と連動。
(ありがとう、ほのか……!
めっちゃ大事な情報だよこれ)
そしてわたしは、ひとつ決める。
(昼休み終わったら──
“結のところへ行く”。
そのあと図書館)
昼休みの残り時間。
風の匂い。
遠くで遊んでいる一年生の笑い声。
普通の昼休みの中に、影が静かに混ざる。
わたしの影が二重に揺れ、
紗灯の影がちいさく頷く。
『……おねえちゃん……
また、いっぱい……ひろえた……』
「うん。今日の推理材料、かなり集まったね」
わたしは軽く笑う。
(この日常の裏で、黒幕は何を考えてる?
どこまで学院を儀式に使うつもり?
そして──結の身は安全?)
校舎へ戻る途中、
ふっと空を見上げた。
青空に白い雲。
穏やかな昼。
でも、
その空の端に“名前のない影”が確かに揺れていた。
わたし以外、誰も気づかない。




