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4-10 穴の主の死と、紗灯の真実のすべて

 裏山の空気が一瞬だけ “音” を失った。


 その静寂の直後、

 地面が脈動し、

 黒い水が逆流するように穴から吹き上がった。


 ガァアアアアアアアアアア!!!


 影の主が絶望に満ちた咆哮をあげた。


 胸の中央──

 核となっていた“白い面”が、

 わたしと紗灯の影の攻撃でひび割れ、

 中の“名前”が露出している。


「……ゆい


 その名前を呼んだ瞬間、世界が揺れた。


 影の主が身を折り、

 身体の輪郭を保てなくなっていく。


 黒い靄が“結の影”へ吸い寄せられるように震えた。


 わたしは息を呑む。


(名前が……

 これほどまでに“影”を縛っていた……)


 地面に崩れるように倒れた結の影が、

 小さな子どもが泣くように震えている。


『……っ……ぅ……

 灯子ちゃん……

 いや……

 いやだよ……

 呼ばないで……

 だって……

 わたし……灯子ちゃんの……』


 わたしは静かに、しかし強く言った。


「結。

 あなたはもう……怪異じゃない。

 戻ってきて。

 “人間”に」


 影が震えた。


 穴の主がわたしの言葉に反応し、

 黒い手で核を押さえつけた。


『マタ……奪ウナ……!!!

 名マエハ……

 ワタシノ……!!』


 ぐしゃり、と影の肉体が泡立つ。


 怒りで手が震えた。


(紗灯の名前も……

 結の名前も……

 奪って……

 飲み込んで……

 “影”にした……

 あなたが……!!)


 紗灯の影がわたしの背に寄り添う。


『……おねえちゃん……

 こわく、ない……?』


「こわくなんかないよ。

 紗灯が……隣にいるから」


 紗灯の影が柔らかく微笑むように揺れた。


 その瞬間、姉妹影が

 わたしの身体を包み込むように立ち上がった。


 影の輪郭が変わる。


 少女の形に。

 二人分の影を持つ

 “灯子そのもの”の形に。


 影の髪が長く伸び、

 影の瞳が強く光る。


【灯子・紗灯 同憑:影覚醒形態】

【影干渉レベル:最大】

【痛覚共有:無効化】

【儀式破壊率:100%に到達】


 全身に影が巡り、

 世界の“深い層”に触れた感覚があった。


(視える……

 影の本当の姿が……

 紗灯の最期の瞬間も……

 全部……)



 穴の主が割れた核の奥から

 黒い“記憶”が溢れ出した。


 視界が揺れ、脳裏に映像が流れ込む。


 ──紗灯が旧校舎裏で泣いていた日。


『……どうして……

 わたしばっかり……?』


 紗灯は結に腕を掴まれている。


『ねえ、紗灯ちゃん。

 お姉ちゃんの話してよ。

 今日も、楽しそうだった?』


 紗灯は震えた声で答えられない。


 ──結の表情は笑っていた。

 だけど、その笑顔は恐怖に満ちていた。


『灯子ちゃん……

 わたしのこと……

 見てくれないんだよ……

 全部、紗灯ちゃんのせいだよ?』


 紗灯が涙をぼろぼろこぼす。


『……ほら見て……

 泣くと……

 灯子ちゃんの顔が……

 頭に浮かぶの……

 それが……うれしいの……』


 胸が潰れるように痛む。


(紗灯……

 そんなこと……

 言われて……)


 ──あの日の祠。

 紗灯は逃げようとした。

 だが、影が広がった。


その瞬間、結は紗灯の手を離した。


 紗灯は叫んだ。


『おねえ……ちゃん!!』


 消える最後の瞬間まで。

 灯子を呼びたくて。


 涙が止まらない。


「紗灯……

 こんな……

 こんな思い……

 させてたなんて……ッ」


 紗灯の影がそっとわたしの頬を撫でた。


『……わたし……

 おねえちゃんに……

 いうの……

 こわかっただけ……』


「どうして……?」


『だって……

 おねえちゃん……

 ずっとがんばってた……

 わたし……

 おねえちゃんの……

 おもりに……

 なりたくなかった……』


 わたしは崩れそうになる。


(紗灯……

 わたし……

 姉失格だった……

 守れなかった……

 気づけなかった……)


『ちがう……よ……

 わたし……

 おねえちゃんの……

 こと……

 だいすき、だった……』


 わたし紗灯を抱きしめるように影を抱いた。


「紗灯……

 わたしも……

 大好き……

 大好きだよ……。

 だから、もう──苦しまなくていい」


 紗灯がうなずくように揺れ、

 わたしの影へ完全に溶け込んだ。



 穴の主が断末魔のように身をうねらせた。


『ナマエ……

 モドスナァァァァア!!

 モウ……

 儀式ガ……!!!』


 鼓動が乱れ、黒い肉体が崩壊していく。


 わたしはその中心へ歩み寄った。


 紗灯の影がわたしの背で光る。


「儀式なんて……もう終わり。

 紗灯も、結も、

 誰も……あなたに縛られない」


 穴の主がわたしへ手を伸ばした。


 だがわたしはその腕を

 姉妹影で一刀両断した。


 ズシャッ!!!


 黒い影が噴き上がり、

 裏山が吹き飛ぶかのような衝撃。


 わたしは叫んだ。


「この儀式は……

 わたしが終わらせる!!」


 影の刃を振り下ろし、

 穴の主の核へ叩き込む。


 核が砕け、

 割れた白面が空へ飛び散り、

 影の主は叫び声を上げて

 黒い霧となって消えていった。


 世界が静まる。


 裏山に吹く風が、

 初めて“風”の音を取り戻す。



 結の影は裏山の地面に小さく縮こまっていた。


 人間の影に戻り、

 ただの“少女の泣き声”になっている。


 わたしはそっと手を差し伸べた。


「結……。

 もう、怪異じゃないよ」


 影は震えながら、わたしの手を掴んだ。


『……っ……

 わたし……

 わたし……

 紗灯ちゃんを……

 おとしたのに……

 ゆるされるわけ……』


 静かに首を振った。


「許すなんて……

 簡単には言わない。

 でも“真実”を知った。

 あなたがどれだけ……

 歪んで、苦しんで、

 わたしを……

 好きで……

 壊れたのかも」


 結の影が涙を落とした。


 わたしは言う。


「紗灯が言ってたよ。

 “この子は……お姉ちゃんのことで、苦しんでた”って」


 影は息を呑んだ。


 わたしは続けた。


「だから一緒に探そう。

 紗灯を殺した本当の“儀式”を。

 あなたを影にした“黒幕”を」


 結は震えながら、

 小さくうなずいた。



 紗灯がわたしの影に完全融合した瞬間、

 足元の影が“二重の形”を取った。


 わたし自身の影。

 それを包む紗灯の影。


 細い指先は紗灯。

 脚の長いシルエットは灯子。

 ひとつの影なのに二人分。


【影形態:姉妹同行】

【影感知能力:強化】

【名前探知:可能】

【黒幕追跡:解禁】


 わたしは感じた。


 裏山の奥──

 もっと深いところから

 “誰かに見られていた”気配。


(……まだ見てる……)


 背筋が寒くなる。



 裏山の闇が晴れ、

 わたしは結を抱えて寮へ戻る。


 空には白鷺がひと声鳴き、

 夜の霧がとけていく。


 紗灯の影がわたしの背で静かに寄り添う。


(紗灯……

 一緒に行こう。

 次は……

 儀式の本当の姿を、暴こう)


 わたしは歩き出す。


 だがその背中を、誰かの影がじっと見つめていた。


 木々の間に立つ黒い影。

 顔がない。

 名前がない。


 黒幕の影。


 その影が、白い髪の少女のように揺れた。


 そして、

 まるで灯子へ手を振るように消えた。


 灯子は気づかない。


 ただ、背筋に残る薄い恐怖だけが

 ゆっくりと寮へ続く道を冷やしていた。


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