表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/74

1-3 白鷺の朝と、噂話のカード

 朝、目を開けると、天井の染みはちゃんと“ただの染み”に戻っていた。


 蛍光灯もまぶしいくらいに正常で、

 非常灯の緑色の気配はどこにもない。


(……夢、ってことにしておけば楽なんだけどね)


 枕元には昨夜のカセットテープ。

 何度見てもラベルの文字は判別しづらい。


「おはようございます、紗灯さん」


 そう冗談めかして声を掛けてみても、テープは何も返してこない。

 当たり前だ。

 霊感なんて、わたしにはないはずだった。


【影落ち:18% → 16%】

 朝の光により、一時的に軽減。

《状態》:やや不安定、日常モードへ。


 制服に袖を通し寮の食堂へ降りていくと、

 窓の外にはうすい霧が残っていた。


 山の麓の朝特有の湿った冷気。

 遠くの木立からは小さな鳥の声が断続的に聞こえてくる。


 白鷺は昼間はほとんど姿を見せない。

 代わりに、裏山の方からまだ眠たい獣の気配だけが微かに漂っていた。


 食堂の中は賑やかだった。


「ねぇパン取って」

「今日小テストあるってマジ?」

「眠い……」


 食器の音、スープの匂い、パンの甘さ。

 ごく平凡な朝の光景。

 ——こんな世界にも、紗灯は確かにいたのだ。


「灯子ちゃん、おはよ」


 トレイを持って席を探していると、手を振る人影があった。

 ゆいだ。

 やや細身の体で、小さく振る手の動きが慎ましい。


「おはよう、ゆい」


「ここ空いてるよ」


 向かい合って座ると、ゆいはぱちりと瞬きをした。


「顔色、ちょっと悪い?」


「……そう? 寮の枕が合わなかったのかも」


 笑いながら答えると、ゆいは少しだけ視線を細めた。

 からかっているわけではない。

 相手の顔色を真面目に読むときの目だ。


「昨日さ、旧校舎の方……行った?」


 わたしは、ほんの一瞬だけスプーンを止めた。

 その間を誤魔化すように、わざとらしくパンをちぎる。


「なんでそう思うの」


「……影が、昨日より、濃い」


 ゆいは当たり前のように、そんなことを言う。

 視線はわたしの足もと、そしてテーブルの下へ。


 自分の影を見る。

 食堂の天井から落ちる光に照らされて、黒い形が椅子の脚と絡み合っている。


(……濃い、のかな)


 本人には分からない。

 でもゆいは昨夜の出来事を知らないはずなのに、妙に言い当ててくる。


「旧校舎、あんまり行かない方がいいよ。

去年の、その……事故のあとから、特に」


「やっぱり“事故”って、有名なんだ」


 水を口に含みながら言うと、

 ゆいは少しだけ声を潜めた。


「ここだけの話ね」


 スプーンの先でテーブルを小さく、とんとん叩く。


「“儀式ごっこ”って知ってる?」


 その言葉に、喉の奥の水がぴたりと止まる。


「夜の裏山とか、旧校舎とかで、

『○○したら影がついてくる』とか『やっちゃいけない遊び』とか……。

そういうの、好きな子たちがいるの」


「こわい遊び、ってこと?」


「うん。こわいはずなのに、きゃーきゃー笑いながらやるやつ」


(——紗灯の事件前にも、似たような話を聞いた)


「で、去年、その“遊び”の延長みたいなことしてた子たちがいて……」


 ゆいの言葉はそこで途切れた。


「……やっぱり、やめとく」


「気になるところで止めるタイプ?」


「灯子ちゃん、転入初日から変な噂に巻き込まれるの、可哀想でしょ」


 優しさとも、ただの臆病さともつかない笑い。

 でも、その笑いの奥でゆい自身も何かを怖がっていることは、すぐに分かった。


【カード候補:噂話】

条件:同様の話を複数人から聞くと正式なカード化。

現在:ゆいの証言(1/2)


「じゃあ、あと一人くらいから話を聞いたら、正式に“噂カード”ってことで」


「カード?」


「こっちの話。ちょっと、ゲームっぽく整理したくなっただけ」


 わたしが肩をすくめると、ゆいは小首を傾げた。


「灯子ちゃん、なんか……そういうの慣れてる?」


「復讐ルートのヒロインやってるからね」


「え?」


「なんでもない。ゆいは普通のルートで幸せになって」


 言葉遊びのつもりだった。

 ゆいは一瞬ぽかんとしたあと、くすりと笑う。


「じゃあ、普通のルートの案内ぐらいはするよ。

まずは、学院神社に行った方がいいと思う」


「神社?」


「うん。この学校の“中心”みたいな場所だから。

……いろんな意味で」


 ゆいの目が一瞬だけ、霧の向こう側を見るように遠くを向いた。


【フラグ:《F_SHRINE_RECOMMEND》:学院神社の存在を聞いた】


 ホームルームの時間。

 教室には朝の光が斜めに差し込み、机の上に長い影が伸びていた。


 担任の話は聞き流しながら、わたしは教室の空気を観察する。


 黒板の落書き、窓際の植木鉢、

 前の席の子のポニーテールが揺れるリズム。

 すべてが、“ごく普通の高校生活”の部品のように見える。


 その普通の一部として、

 去年の“事故”は、今やもう忘れられかけているのだろうか。


(でも、事故の“前”と“後”で、何も変わらなかったわけがない)


「ねぇねぇ、新しい子」


 休み時間になった途端、

 数人の女子がわたしの机の周りに集まってきた。


 明るい茶髪の子。

 短髪でスポーツ系っぽい子。

 真面目そうな眼鏡の子。


「転入ってさ、どういう事情なの?」


 唐突な質問だったが、悪意のにおいはしない。


「別に大したことないよ。

前の学校、ちょっと合わなかっただけ」


「ふーん。でもさ、ここも“合う”とこかはビミョーだよ?」


 茶髪の子がいたずらっぽく笑う。


「出た、またそれ言う。

変なこと言わないでよ、汐見さん怖がるでしょ」


 眼鏡の子がたしなめると、茶髪は肩をすくめた。


「だってさー、

去年のあれとか知らないで来ちゃってたら、逆に可哀想じゃん?」


「去年の……あれ?」


 わたしはその言葉に食いつく。

 茶髪の子は、まるで待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。


「裏山の事故。

夜にさ、みんなで“影踏み儀式”やってたんだって」


 その言い方があまりにも軽くて、

 一瞬喉の奥に熱いものが込み上げた。


「影踏み儀式?」


「うん。なんか、七回影を踏んで、

 最後に誰かの影と自分の影を重ねると“願いが叶う”とかいう、しょうもない遊び。

 ——で、その時に一人、帰ってこなかった」


「やめなってば」


 眼鏡の子が眉をひそめる。


「そんな言い方したら、本気で怖がるでしょ」


「事実は事実でしょ?

先生たちは『ただの転落事故です』って言い張ってたけどさー。

裏話だと、その子、

最後まで“違う誰かの影を踏んでた”って話だよ?」


 茶髪の子の声が、いつの間にか囁きに変わる。


「それ、“人の影じゃなかった”とか」


 廊下のざわめきが、一瞬だけ遠のいた気がした。


 教室の窓に映る自分の影。

 その輪郭が、背筋を冷やすほど鮮明に見える。


(……やっぱり、“儀式ごっこ”の延長なんだ)


 紗灯の死と、同じ匂いがする。


【カード入手候補:『影踏み儀式の噂』】

証言者:茶髪のクラスメイト(1/1)

ゆいの証言と統合され——


【カード確定:CARD_02『影踏み儀式の噂』(N)】

タグ:噂/儀式/裏山


「まあ、噂だけどね。

 本当にやってたかどうかなんて、分かんないし」


 茶髪の子は最後にそう付け足す。

 その軽さが、かえって悪趣味に感じられる。


 わたしは作り笑いを貼り付けた。


「ありがと。

そういう“都市伝説”、嫌いじゃないから」


「え、マジ?

じゃあ今度、旧校舎の怪談も教えてあげよっか」


「やめてって言ってるでしょ」


 眼鏡の子はため息をつく。

 その横顔には、わずかな緊張が混じっていた。


(怖がらせようとしている子と、

 話したくなさそうな子。

 どっちも“知ってる”側の反応だな)


 黒板に映る自分たちの影をちらりと見る。


 自分の影だけが、

 一瞬だけ、口の形を変えて笑ったような気がした。


 午前の授業が終わる頃には、

 教室の空気に混じる“普通さ”が少しずつ馴染んできた。


 ノートを取り、

 先生の冗談にクラスが笑い、

 居眠りをして怒られる子もいる。


 わたしは、そのすべてを眺めながら、

 頭の片隅で情報だけを静かに整理していく。


◆内部推理ログ:更新

【新規情報】


・裏山で「影踏み儀式」をしていたグループがいた

・その時に一人が帰ってこなかった(=去年の事故)

・「人じゃない影を踏んでいた」という噂

・先生たちは「ただの転落事故」として処理


【カード】


CARD_01『旧校舎の呼ぶ声』(R)

CARD_02『影踏み儀式の噂』(N)


【推理スロット(試作)】


A:影踏み儀式の噂(CARD_02)

B:裏山の事故(掲示板の注意/教師の言動)

C:旧校舎の声(CARD_01)


【仮説】


・裏山の儀式と旧校舎の“声”は、同一の怪異に由来する可能性

・紗灯はその怪異に「選ばれた」か、「押し付けられた」



【簡易推理:成功(初級)】

【影落ち:16% → 17%】

※真相に近づくことで、一時的に精神負荷が増加。


 昼休み。

 チャイムが鳴ると同時に、クラスの椅子が一斉に引かれる音がした。


「灯子ちゃん、昼どうする?」


 声をかけてきたのは、またゆいだった。

 彼女の手には小ぶりの弁当箱がのっている。

 端の方に玉子焼きがきっちり詰め込まれていた。


「食堂でもいいけど……もしよかったら、中庭いかない?」


「いいね。外の空気吸いたかったところ」


 窓の外には、

 朝より少しだけ透明になった空気が広がっていた。


 白鷺女学院の中庭は思っていたよりも広い。

 中央に噴水、その周りにベンチ、

 そのさらに外側を、古い桜と楠が取り囲んでいる。


 石畳の隙間からは小さな草が顔を出し、

 風の通り道にだけ、光の粉のようなものが舞っていた。


 ベンチに腰かけると、

 影が二人ぶん足もとに並ぶ。

 どちらも、今のところは素直に体の動きに追随していた。


「さっきの子たち、ちょっと怖がらせがちでごめんね」


 ゆいが箸を持ちながら言う。


「全然。助かるよ。

むしろ、もっと聞きたいくらい」


「……やっぱり、慣れてる」


「なにが?」


「“怖い話との距離”の取り方」


 ゆいの目は、わずかな尊敬と警戒を混ぜたような色をしていた。


「普通は、ああいう話聞いたら、

『怖っ!』って終わるか、興味本位で騒ぐか、どっちかなのに。

灯子ちゃんは、どっちでもない感じがする」


「じゃあ、どんな?」


「——『もう知ってる』顔」


 箸が止まった。


(……やっぱり、この子は鋭すぎる)


 冗談でかわすこともできる。

 でも、それをすると、ゆいとの距離はきっとそれ以上近づかない。


「……去年、似たようなことがあった学校にいたんだ」


 わたしは、少しだけ本当のことを混ぜて話す。


「儀式ごっこ、だっけ。

まったく同じ名前じゃないにしても、似たようなの」


 ゆいは目を見開いた。


「……それって」


「だから、ここでの“事故”の話聞いたとき、

ちょっと デジャブっていうか」


 笑いながら言うと、

 ゆいの指先が箸を持ったまま微かに震えた。


「灯子ちゃん」


「ん?」


「……もし、本当に危ないと思ったら、

逃げることも考えてね」


「逃げるって、どこに?」


「転校って、何回もできるものじゃないよ」


 真っ直ぐな目。

 優しくて、ずるい目だ。


 わたしは、小さく肩をすくめた。


「大丈夫。

わたし、ゲームだと割としぶといタイプだから」


「ゲームの話?」


「うん。ホラーゲームの話。

一回や二回死んだくらいじゃ諦めない」


「……笑えない冗談」


 ゆいは呆れたように言いながらも、

 何かを堪えるような笑みを浮かべていた。


 風が二人のあいだを抜けていく。

 ベンチの影が伸びて、足もとで重なり合った。


 その重なりのほんの端に、

 もう一本、誰のものでもない細い影が絡みついたような気がした。


 視線を落とすと、その影はすでに消えている。


【異常検知:第三の影(微弱)】

【フラグ:《F_THIRD_SHADOW_NOTICE》:第三の影に初めて気づきかけた】


 遠くで予鈴が鳴った。

 午後の授業が始まろうとしている。


 白鷺女学院の一日は、

 表向きには、何の変哲もない学園生活の形をしていた。


 その裏で、影だけが少しずつ濃くなっていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ