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4-7 姉妹影と穴の主――名前を奪われた少女の正体

 裏山の最深部は「世界」というより“呼吸する闇”そのものだった。


 地面はゆっくりと脈打ち、

 木々は影の水気を含んで黒ずみ、

 空気がずるずると音を立てている。


 わたしはその中心に立った。


 足元の影――

 わたしの影は紗灯の影と重なり、

 もはや“ひとりの影”ではなかった。


 細い腕の影、

 妹の髪の影、

 灯子自身の長い脚の影。


 そのすべてがぴたりと噛み合い、

 姉妹の影が“戦うための形”になっている。


(紗灯……

 わたしたちなら……倒せる)


 胸の中で紗灯のヘアピンが微かに震えた。


 その震えは、

 返事のようでもあり、

 涙のようでもあった。



 穴の底がぐらりと脈動し、黒い水面のように波紋が走る。


 ずずず……

  ずずずず……

    ずずずずず……


 巨大な影の胴体が、

 地面を擦りながら姿を現した。


 人型に見えるが、

 その輪郭のどこも固定されていない。


 まるで何人分もの影を無理矢理一つに押し込み、

 ぐしゃりと形を作ったかのような姿。


 視線も、口も、泣き声も、怒声も、

 全部が混ざっている。


 わたしは歯を噛みしめた。


(これが……

 紗灯を地獄へ落とした“影の本体”……)


 紗灯の影が大きく震えた。


『……おねえちゃ……

 こわい……』


 わたしは影をそっと撫でるように足元へ手を伸ばし、囁く。


「大丈夫。

 ここにいるよ。

 ずっと、紗灯のそばにいるから」


 その瞬間、

 姉妹影が光のように強く揺れた。



 穴の主の“手”が灯子に向かって伸びる。


 関節が逆向きに曲がり、

 皮膜のような影を滴らせながら。


 ひと撫でで人間の影を潰し、

 心臓の音を奪う手。


 わたしは一歩踏み出し、叫んだ。


「紗灯――行くよ!!」


 影が一気に広がり、

 地面から抜け出すように巨大な爪の形へ変わった。


 ギィイイィィィッ!!


 影の爪が穴の主の手を叩きつける。


 べしゃッ!!


 黒い液が飛び散り、

 木々が叫び声のように揺れる。


 穴の主が甲高い“混ざった声”で咆哮した。


『――やァァアアアアア!!

 こロすナァァアアア!!

 わタシハ……ッ

 わタシタチハァァア!!』


 声が複数重なり、意味を失っている。


 しかしその中に、

 一つだけ“聞き覚えのある声”を拾った。


 ……転入前の、

 教室のざわめきの中で聞いた声。


(……あの子……)


 頭が痛む。

 思い出させまいと、穴の主が靄を伸ばす。



 そのとき。


 背後で何かが崩れるような音がした。


 振り返ると、

 “加害者Cの影”が地面に崩れ落ちていた。


 影なのに、

 倒れた“身体”のように見える。


 震え、縮み、

 そして……泣いていた。


『……いや……

 いや……見ないで……灯子……ちゃん……』


 わたしは一瞬、心臓が止まったように感じた。


(今……名前の“形”が……)


 影が震えながら、自分の喉を押さえるように

 影の手を胸に添えた。


『わたし……

 灯子ちゃんに……

 名前……呼んでほしくて……

 でも……

 こわくて……

 ずっと……』


 影が足元へ滲む。


 わたしは無意識に一歩下がる。


(わたしに……名前を呼ばれたかった……?

 それで……紗灯を……?)


 狂気にも似た執着。

 しかし、どこか幼い弱さ。


 眉が怒りと悲しみに歪む。


 その瞬間。


 影の主が

 “加害者影”に向けて手を伸ばした。


 ズバァッ!!


 黒い手が影を掴み、

 引き裂こうとする。


『――いやッ!!!

 やだやだやだやだ!!!!

 灯子ちゃん……!!

 たすけ……て……!!』


 わたしはとっさに叫ぶ。


「紗灯!!」


 姉妹影が地面を駆け、

 加害者影と穴の主の間に割って入る。


 衝撃で裏山全体が揺れ、

 黒土が爆ぜるように舞い上がる。



 わたしの影が大きく歪み、

 紗灯の影がそれを包むように広がった。


 二つの影が重なり、

 まるで一人の少女のような縦のシルエットを形作る。


 細い腕。

 長い髪。

 強い眼差し。


「紗灯……

 わたしたちは、ひとつだよ」


 紗灯の影が静かにわたしの手に触れる。


『……おねえちゃん……

 すき……』


 わたしは涙をこらえながら囁く。


「わたしも。

 大好き。

 だから守るの」


 影が眩しいほど濃く輝いた。



【姉妹影:完全同期(100%)】

【灯子の影:第四段階 → 第五段階(影武者形態)】

【加害者影:保護フェーズへ移行】

【穴の主:暴走フェーズに突入】



 穴の主が全身を震わせ、

 一気に巨大化し始める。


 影が裏山全体に広がり、

 木々の影が一本残らず穴の主の“肉体”へ吸い込まれる。


 ずずずずずずずずずずず……!!!


 裏山の空気が押しつぶされる。


 耳がキーンと鳴り、

 地面が呼吸を止める。


 穴の主が巨大な影の口をわたしに向けた。


(――くる!!)


 紗灯の影と一緒に地を蹴った。


 真っ黒な“咆哮”が大地を割る。


 ガァアアアアアアアアアア!!!!


  ***


 灯子は叫ぶ。


「紗灯……!!

 力を貸して!!」


 姉妹影がわたしの身体を包み、

 その指先から黒い斬撃を放つ。


 ズパァッ!!!


 穴の主の肩に深い影の傷が走る。


 しかし、その傷はすぐに塞がる。


(回復が早い……!

 まだ核心に届いてない……)


 穴の主は復讐の塊。

 いじめの負の感情、

 紗灯の恐怖、

 加害者の罪悪感、

 灯子の怒りすらも吸い込んでいる。


 紗灯の影が灯子の心に声を落とす。


『……おねえちゃん……

 わたし……おちたとき……

 さいごに……ね……』


 灯子は息を呑む。


『……“きいてほしかった”……』


 灯子の胸が裂けるほど痛む。


「紗灯……

 言って……

 何でも……聞くから……!」


 紗灯は影の声で続けた。


『……わたしね……

 おねえちゃんのこと……

 “すき”って……

 いいたかった……

 でも……こわくて……

 いえなかった……』


 灯子は涙をこぼしながら頷く。


「わたしも……

 紗灯のこと、ずっと大好きだった……

 こんなこと……させてごめん……」


 影が震え、

 紗灯の感情と灯子の感情が完全に溶け合う。


【紗灯の最後の言葉・回収率 70%】

【灯子の影:第五段階“解放状態”へ移行】


 影が灯子の背後に立ち、

 腕を広げるように形を変えた。


 灯子が叫ぶ。


「紗灯――行くよ!!

 これで……終わらせる!!」


 姉妹影が穴の主へ一直線に突っ込む。


 影の刃がうなり、

 巨大な影が咆哮する。


 次の瞬間──


 裏山の最深部は

 黒い光と絶叫で満たされた。



【中盤クライマックス・次パートへ移行】

【穴の主:核心部が露出し始める】

【加害者影:灯子に“名前”の一部を呼ばれる寸前】

【紗灯:最期の真実まであと一歩】

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