4-6 裏山決壊――三つの影、穴底の主、そして灯子の覚醒
裏山の最深部に立つと、
空気がひとつの巨大な肺のように膨らみ、
縮み、
吐き出される感覚に包まれた。
どく……
どく……
どく……
巨大な心臓の鼓動のような音。
穴の底で“何か”が脈打っている。
わたしは震える手で紗灯のヘアピンを握りしめた。
心臓の鼓動と同期するように、
胸の奥が熱く、痛い。
その横で地面に落ちる影がひとつ震えている。
加害者Cの影だ。
わたしの背後から逃げず、
ただ”灯子”の影を追い、
”灯子”の声に怯え、
わたしの存在に依存するように揺れている。
(……わたしの名前を呼んだ。
あのとき……転校前の学校で……
同じ声を聞いたことがある)
頭の奥が痛む。
“その子”の顔を思い出そうとすると、
影が黒い靄となり視界を遮る。
穴の主が“名前”を隠している。
それほどまでに、わたしとの因果が深い相手。
穴の縁に座り込んでいた紗灯の残響が、
足元に寄り添うように細く伸びた。
わたしの影がそれを包むように重なる。
(紗灯……守りたい。
どれだけ弱くても……
お姉ちゃんが守るんだよ)
すると背後の加害者影が震えた。
『……いや……いや……
灯子ちゃんは……
そんな顔……しないで……』
震えた声が影から漏れた。
振り返る。
影は人の姿にはならない。
でも──
……わたしは、気づく。
紗灯を追い詰めた“あの影”が、
いまわたしの“影の顔”を見て怯えていることに。
(わたしが……怖い?
……当たり前でしょ。
紗灯にしたことを……全部返すまで……)
怒りが胸に燃え上がる。
紗灯の影が、わたしを止めるように揺れた。
『……ねえ……ちゃん……』
わたしの怒りに反応して
裏山全体が低く唸る。
ず……ずぅぅぅぅぅ…………
穴の縁が震え、黒い“指”がゆっくりと地上へ伸び上がった。
地面が裂け、
穴の底から巨大な“影の手”が這い上がる。
六本指。
関節が逆向きに曲がり、
表面は黒い水で濡れている。
ゆらり……
ゆらり……
影の手は紗灯を掴んだ
“あの日の手”と同じ形だった。
呼吸が止まる。
(……お前が……
紗灯を……!)
穴の中が動く。
生きている。
ずるり、と影の“胴”が這い出てくる。
形は人と似ているが、
輪郭が溶けていて、
感情だけがむき出しになったような姿。
狂気、恐怖、怒り、憎しみ……
いじめ加害者たちの“集積した負の影”が混ざり合い、
ひとつの怪異となっている。
紗灯の影が強く震えた。
『……いや……いや……いや……』
わたしは拳を握り、前へ出る。
「紗灯には……
もう、指一本触れさせない!!」
影の主がわたしの叫びに反応し、
穴の奥から顔のような“黒い口”を広げた。
その瞬間——
背後の加害者影が
わたしの腕を“掴んだ”。
(え……?)
影の声が震える。
『……灯子ちゃん……
いかないで……
あそこに……行かないで……
わたし……しんじゃう……』
わたしは影を睨む。
「あなたなら……死んでいいでしょ」
影が小さく震えた。
その震えは、痛みに似ていた。
『……だって……
灯子ちゃん……
わたしの……こと……
一度も……見なかったじゃん……』
怒りで胸がひっくり返る。
(……なにそれ……
そんな理由で……
紗灯に……?)
怒りと嫌悪が混ざる。
しかしその裏で、
紗灯の影が灯子の影を優しく引いた。
『……ねえちゃん……
きいて……』
わたしの脳内に、
紗灯の“最後の会話”の続きを引き寄せるように
記憶が流れ込む。
***
紗灯は泣きながら祠の入口で叫んでいた。
「おねえ……ちゃん……
こわいよ……
どうして……
わたしばっかり……」
外から、あの軽い声が返ってきた。
『だって、紗灯ちゃんは
“灯子ちゃんの弱いところ”なんだもん』
紗灯の呼吸が止まる。
『灯子ちゃんね……
わたしを見るとき、一度も笑ってくれなかったの。
でも紗灯ちゃんの話をするときだけは……
優しくなるから……嫌だった』
脳が焼けるように痛む。
(そんな理由で……
紗灯が……?)
『だから……紗灯ちゃんが泣くとね?
ちょっとだけ……灯子ちゃんの“まんなか”に近づけた気がしたの』
紗灯が震える。
灯子も震える。
紗灯の影が灯子に寄り添った。
『……ねえ……ちゃん……
ごめ……
わたし……
いじめられて……
ごめん……』
灯子は泣いた。
怒りと悲しみと後悔が混ざり、
胸の奥で溢れ返る。
「謝らないで紗灯!
あなたは悪くない!
絶対に!!」
その瞬間、影の主が穴から飛び出す。
***
影の主がわたしめがけて襲いかかる。
咄嗟に紗灯の影を抱き寄せるようにして身を翻した。
(守らなきゃ……
絶対に紗灯を……!)
影の手が足元に迫る。
その瞬間、わたしの影が爆ぜるように広がった。
影の形が変わる。
足元の影が紗灯の影を取り込み、
姉妹の影がひとつの形へ融合し始めた。
【灯子の影:第三段階 → 第四段階(姉妹影同調)】
【攻撃判定:影界干渉Lv1 開放】
影の主の手が迫る。
わたしは叫ぶ。
「紗灯を返せえええッ!!」
影がわたしの叫びに反応し、
巨大な影の刃のように変化して
主の腕を叩き払った。
べしゃッ……!!!
黒い液体が辺りに飛び散る。
影の主が大きく後退し、
裏山全体がぐらりと揺れた。
ずずずずずずずずず……
「はぁ……はぁ……!」
わたしは肩で息をしながらも
紗灯の影を胸に抱くように守っている。
背後から加害者の影が小さな声で泣いた。
『……やだ……
そんなの……
そんなの見せられたら……
わたし……どうしたら……』
振り返らない。
ただ、穴の主を睨む。
「立って。
紗灯。
これが……
あなたの最後の場所」
紗灯の影が足元でゆっくり立ち上がる。
わたしの影と合わさり、
姉妹の影がひとつの“戦う影”へ形を整える。
影の主が咆哮をあげる。
地を踏みしめ、前へ踏み込んだ。
(次で……終わらせる!!)
裏山全体が震える。
【中盤クライマックスフェーズ移行】
【加害者影:灯子へ言えなかった“本当の名前”が漏れ始める】
【紗灯影:灯子の影と完全同調まであと12%】
【影の主:第一段階ブレイク】




