4-2 呼ばれた声と、影の裂け目
裏山の奥へ進むほど、木々の間から漏れる光は薄れ、
風は“息づかい”のように湿っていく。
足元の根をまたぎながら、
心の奥のざわつきが徐々に大きくなるのを感じていた。
(音が……消えていく)
鳥の声も、昆虫の羽音もない。
ただ、山が呼吸している音だけが広がっている。
ず……
ずぅ……
ず……
(この音……紗灯が消える前の夜にも聞こえた)
胸がじんと痛む。
背後で、影が揺れた。
見ずとも分かる──
“あの影”だ。
加害者のうちの一人の影。
足音はしない。
踏みしめる音もない。
ただ影だけが、
わたしの少し後ろを“歩いているような存在感”を放っている。
(こっちを見てる……
でも名前は思い出せない……)
推理で絞られた“Cタイプ”。
明るい笑顔の裏で、影だけが笑わない子。
その影が、背後に立っている。
自然と背筋が冷たくなる。
木々が途切れた場所に出た。
そこは、土が深くえぐれ、
何かが激しく走った痕跡だけが残された細道。
土の上には、小さな靴跡が薄く刻まれている。
膝をつき、靴跡をなぞった。
(紗灯……
ここで全力で逃げようとしたんだね)
土の端に、小石のような破片が落ちていた。
拾い上げると──
それは“木簡の一部”だった。
『……影 二つ……
……ひとつ 笑……』
息を呑んだ。
(影が“三つ”揃ったんじゃなくて……
最初は“二つ”に追われた……?
そして……“ひとつ”が笑ってた?)
背後で影がかすかに揺れた。
反射的に振り返る。
……誰もいない。
ただ、闇に溶ける影だけが残っていた。
(この影が……笑ってた影……?
わたしの推理が当たってるってこと……?)
胸がざわつく。
わたしは呼吸を整え、道を先へ進んだ。
裏山の中腹。
岩が積み重なった場所に差し掛かると、
その間に黒い裂け目が生まれていた。
光を吸い込むような黒。
風も吹かぬのに揺れ動く影。
裂け目の周囲だけ、
“気温が落ちている”。
(あそこ……何かある)
近づいた。
裂け目の前に古い石札が落ちている。
掌ほどの大きさ。
欠けているが、文字は読める。
『——影迎ノ段
二影 → 三影 ニ遷ル時
一影は“偽りの影”とナル』
石札を強く握りしめた。
(偽りの……影?
三つの影のうち、一つは“本物じゃない”って……こと?)
すると、背後の影がふっと揺れた。
反射的に振り返る。
やはり“誰もいない”。
だが、
影は確かにそこに立っていた。
一歩、こちらに近づいている。
(……わたしに“答えさせたくない”の?
それとも、“導いてる”の?)
影は何も言わない。
ただ、裂け目を指すように
細く形を変えた。
(そこ……見ろ、って言ってる?
紗灯が……落ちたのは……)
裂け目の奥を覗き込んだ。
黒い闇の底で──
“光るもの”が揺らめいた。
紗灯のヘアピンだった。
胸が音を立てて締め付けられる。
「紗灯……!」
指先が震える。
しかしヘアピンは裂け目の“向こう側”にある。
普通に手を伸ばしても届かない。
影が触れれば、
裂け目に吸い込まれる。
【イベント発生:
〈影界干渉〉ヘアピンの回収】
影を足元で踏み、裂け目に手を伸ばした。
(紗灯……返して……)
闇に触れた瞬間、
紗灯の声が胸の奥に響いた。
『……ねえ……ちゃん……』
その声に背中が震えた。
闇の奥で、ヘアピンがわたしの手の方へ“するり”と浮かび上がった。
まるで紗灯自身が押し返したみたいに。
わたしはそれを掴む。
手のひらに触れた瞬間、
紗灯の温度が伝わった。
泣きたいほど優しい温度。
胸がじんと熱くなる。
【重要アイテム取得:
《紗灯のヘアピン(影界反応)》】
【影落ち:65% → 63%(微弱安定)】
《紗灯の残響が影を救った》
その場に膝をついた。
「紗灯……
絶対、諦めない」
裂け目の闇がきゅうっと縮み、
跡形もなく消えた。
背後の影は──
わたしの言葉を聞いていたかのように
ゆっくりと揺れた。
(……あんた……
敵? 味方?)
影は答えない。
ただ裏山のさらに奥へ向かい、
わたしに背を向けた。
導くように。
(行け、って……そう言ってるの?)
ヘアピンを胸にしまい、影のあとを追った。
木々の隙間から細い光が差し込む。
その光は紗灯の影を照らすように
わずかに揺れていた。
わたしは影を踏みしめ、
裏山の奥へと歩みを進めた。
【次イベント:
“紗灯が辿った最終ルート”へ進行】
【裏山の構造が第二段階へ切り替わる】
【加害者影:距離を詰め始める】
裏山は、
深く、
暗く、
限りなく“生きている”。
灯子はその中心へ向けて
静かに歩き続けた。




