放課後の教室と、影の薄い帰り道
鐘の音が校舎の上空に薄く響いていた。
一日の終わりを告げるチャイム。
それはいつもと同じはずなのに、
きょうだけはどこか遠くの音のように聞こえた。
わたしは教室の窓際に座り、
手のひらに残る冷たさをそっと握りしめた。
(神社の空気……まだ胸の奥に残ってる)
昼間の教室は明るくて、
誰かの笑い声や机を引く音が絶えない。
ここは、影のない世界だ。
……そう思いたかった。
「灯子ー? 放課後、購買行く?」
振り向くと、
陽気な笑顔を浮かべた女子──美桜がいた。
明るくてよく気が回り、
クラスの中心にいるタイプ。
(……この子の“影”、さっき神社にいた影に似てる。
笑ってるのに、影だけ笑ってなかった)
胸がざわつく。
だが、表情は変えない。
「あ、ごめん。今日は帰る準備あるから」
「そっかー。じゃあまた明日ね!」
美桜は軽やかに笑い、
腕をひらひら振って教室から出ていった。
その背を見送ると、
廊下に落ちた彼女の影が一瞬だけ“歪んだ”のを
灯子は見逃さなかった。
(……今の、何?
影が……笑ってた?)
しかしすぐに形を戻し、
他の生徒の影に混ざり、見分けがつかなくなった。
鞄の底で紙が小さく震えたように感じた。
紙をそっと取り出す。
紗灯の字で書かれた、
あの祓所で拾った紙片。
『さと おねえちゃんをまもりたい
でも、ひっぱられる
……こわいよ』
指先が震えた。
わたしの影が、紙に触れた瞬間だけ揺れる。
(紗灯……
わたしが怪異に近づくほど、あなたの声も強くなるんだね)
紙の端に小さく泥が付着しているのは、
紗灯が裏山へ行った証拠だ。
(裏山……あの黒い針のような影が、紗灯を呼んだ場所)
わたしは深く息を吐いた。
教室のざわめきは優しく、
神社とは違う種類の“温度”を持っている。
でもわたしにとって、
この温度はもう安心にはならなかった。
***
机の横の棚に古い学院新聞が一枚落ちているのを見つけた。
表紙には
《白鷺女学院・春季大祭》
という見出し。
わたしは無意識で拾っていた。
紙の端は日焼けして茶色い。
記事にはこう書かれている。
「本学院は古来より《影祓い》を行う白鷺神社との関係が深い。
大祭では生徒会役員が神社へ奉納行進を行い──」
(……影祓い?
儀式を“生徒が”やってたの?)
記事をめくると、
生徒会の集合写真が載っていた。
その中に──
現在も在籍している生徒の苗字が混じっている。
(この人、今も学院にいる……
あの“Cタイプ”の影の主が、このグループの中に……?)
胸の奥に、ひやりとした予感が走る。
帰り道の廊下は静かだ。
窓から差し込む夕日が橙色で、
影が細く長く伸びている。
歩きながら、窓ガラス越しに自分の影を見た。
影が……薄く揺れている。
(紗灯……いる?)
返事はない。
だが、影の端がかすかに“涙の形の揺れ”を見せる。
教室で感じた温かい日常の空気が、
今は少しだけ遠く感じる。
まるで、裏山の闇が呼吸して灯子を引き寄せているように。
校門を出ると、風が頬を撫でた。
普通の夜だ。
生徒の笑い声。
自転車を押す音。
夕飯の匂い。
なのに、わたしの影だけは
ゆっくりと“裏山の方向”へ伸びていく。
(……分かってる。
ここから先は、日常じゃない)
わたしは影を踏み直し、
自分の足元へ強引に引き戻す。
そうしないと影が勝手に歩き出しそうで。
(美桜……
あの子の影、笑ってた。
あれって……“Cタイプ”の特徴と一致してる)
胸がざわめく。
紗灯の死へ繋がる“三つの影”のうち、
ひとつが日常の中に混ざっている。
(推理で絞れた。
でも……まだ“名前”が出てこない)
ふと、鞄の紗灯の紙が震えた。
『……いかないで……』
わたしは目を閉じた。
「行くよ。
あなたの最後の場所に」
影が揺れ、
夜の道の上に細い線を描いた。
その線は、
まっすぐ——裏山へ向かっていた。




