表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影喰 - KAGEGUI - 白鷺の夜鳴き【推理ホラーゲーム風味】  作者: 臂りき
第3章-Bルート(Aルート合流) 学院神社 ―― 影と祓いの境
16/74

3-3 影祓いの根源と、紗灯が残した奥の道

 境内の奥へ進むにつれ、空気はますます薄くなっていった。


 喉が焼ける。

 肺が収縮し、胸の奥で“冷たい針”が転がっているみたいだった。


(息が……吸えない……)


 だが、歩みを止めなかった。


 影がわたしの足もとで細く揺れる。

 鳥居の結界を越えてから、影はずっと削られ続けている。


 なのに——


(心は、妙に落ち着いてる)


 胸の奥の“怒り”だけが影を保っている。


 紗灯の名を呼ぶたび、

 影がわずかに形を取り戻す。


【影落ち:58% → 56%】

《怒りと儀式の気流が相殺している》

《ただし、精神への負荷は増加》


 境内の隅。

 木々に囲まれた細い道があった。


 砂利もなく、足跡もない。

 まるで——


 人が通ることを拒否しているような道。


(でも……ここ、紗灯が通った)


 影がざわりと震えた。

 影の先端が、まるで触覚のように道の奥を指す。


 まるで

 “紗灯が先に歩いている”かのように。



 一歩踏み入れた。


 瞬間、世界が変わった。


 虫の声が消え、

 風も消え、

 木々の軋む音さえ消えた。


(世界が……音を忘れてる)


 それほどまでに、この道の空気は閉じていた。


 足を踏みしめると、土は湿っている。


 湿っているのに“冷たくない”。


(これ……水じゃない。

 ……血?)


 しゃがみこみ、土に触れる。


 ぬるり、とした感触。


 指先に残るのは泥でも雨でもない。


 “涙”のように塩気を含んだ、

 濁った湿り気。


(紗灯……ここで泣いたの?)


 胸の奥が締めつけられる。


 わたしは拳を握りしめた。



 奥の道を抜けると、広場のような空間に出た。


 天井のない洞穴のような場所。

 木々が壁のように折り重なり、

 光が地面の一点にだけ落ちている。


 その中心に“穴”があった。


 直径一メートルほど。

 深さは分からない。

 底が真っ黒に沈んでいる。


(これ……影の穴……?)


 穴の周囲には、八つの注連縄が円形に張られていた。


 ただし、縄はすべて切れている。


 切れた縄が風もないのに揺れる。

 微かにこすれあい、

 耳に砂を流し込むような音を立てる。


 ざ……ざ……


 わたしの影が、その穴に吸われそうに揺れた。


(やば……引っ張られてる……)


【危険:影吸い】

《影の形が細く伸びる》

《影落ち:56% → 59%》


 影を足もとで押さえつけるように踏んだ。


(紗灯は……ここに来た?

 なんで……?)


 足もとに紙の欠片が落ちていた。


 拾い上げる。


 筆文字で揺れるように書かれていた。


『さと おねえちゃんをまもりたい

 でも、ひっぱられる

 ……こわいよ』


 その文字を見た瞬間、呼吸が止まった。


 紗灯の字だ。


 弱くて、震えてて、

 紙の端に涙の滲みが残っている。


(紗灯……)


 胸が痛む。

 影が、大きく揺れた。


「紗灯……

 わたし、ここまで来たよ……」


 灯子の声に反応するように、

 影の穴の奥から“何か”が動く気配がした。


 水音ではない。

 風音でもない。


 “影が擦れる音”。


 ぐ……ざ……


(……来る)


 紙を握りしめた。


 祓所全体の空気が一瞬で“重さ”を増した。


 地面に落ちていた枯葉が音もなく宙に浮く。


 次の瞬間——


 穴の奥から黒い腕が伸びた。


 泥とも、煙ともつかない黒。


 手の形をしているのに、指が六本ある。


(影写し……じゃない!

 形が違う……もっと深い……)


 腕がわたしの影だけを掴みにくる。


 現実の身体には触れない。

 影だけを引きずろうとする。


(っ……影が……抜かれる……!)


 影を踏みしめるが、

 地面の影が引き剥がされる感覚が走る。


 皮膚ではなく、

 魂の底を直接こじ開けられる痛み。


 穴の奥から声がした。


『……こっち……へ……

 おねえ……ちゃん……』


 紗灯だった。


 わたしは叫んだ。


「紗灯!!」


 叫びが境内に響いた瞬間、

 別方向から“光”が走った。


 白い。

 冷たい。

 乾いた、祓いの光。


 影の腕が焼ける。

 煙のように消える。


 祓所の奥に、誰かが立っていた。


 白い小袖。

 赤い袴。


 さっきの少女——白鷺の巫女がわたしを見つめていた。


「……ここは本当に危ない。

 影界の穴。

 妹さんの“呼び声”が向こう側から届いてる」


 わたしは怒りと涙で声が震えた。


「紗灯は……ここで……影に……!」


 少女は首を横に振る。


「違う。

 影に押されたんじゃない。

 影に“呼ばれた”の」


 心臓が跳ねた。


(呼ばれた……?

 紗灯自身が……呼ばれて……?)


 少女は祓所の穴に近づき、

 静かに手をかざした。


 穴の底の黒がわずかに退く。

 紗灯の声が遠ざかる。


「紗灯さんは“選ばれやすかった”。

 優しい子だから。

 影に触れられれば、

 自分より他人を守ろうとしちゃう子だから」


 わたしは目を見開いた。


 少女は続ける。


「あなたが危ないと分かると、

 必ず泣きながら影を抱きしめようとした。

 だから……

 “あの日”、あの子は屋上でも——

 影を拒まなかった」


 息が止まった。


 胸が痛む。

 痛い。

 苦しい。


 紗灯が……

 そんな子だったなんて……


「紗灯……どうして……

 どうしてそんな……」


 少女は静かに言った。


「妹さんは、お姉ちゃんが大好きだったの。

 だから……呼ばれても、抗えなかった」


 視界がかすむ。


 涙と怒りが混じり、

 影が震える。


【影落ち:59% → 62%】

《悲しみと怒りによる影の濃度増加》

《精神負荷:高》


 少女はわたしの手をそっと握った。


 冷たい。

 でも痛みはなく、

 “乾いた光の感触”。


「……これ以上は、まだ言えない。

 あなたの影が、持たない」


 わたし涙をぬぐいながら言った。


「教えて……

 紗灯を、殺したのは誰なの……?」


 少女の瞳に、わずかな揺らぎが走った。


 そして、ゆっくりとわたしの耳元に口を寄せて——


「——三人のうち一人は、

 今も学院のどこかで

 あなたを見てる」


 心臓が凍りついた。


(今……どこかで、わたしを……?)


 少女はわたしから静かに離れる。


「行きなさい。

 ここは、あなたの影では踏みしめられない」


 わたしは紙を握りしめ、祓所を後にする。


 ただ一つだけ確信した。


(紗灯の死。

 影界の穴。

 三人の加害者。

 儀式の模倣。

 全部……繋がってる)


 そして——


 三人のうち一人は、

 “今もわたしを観察している”。


 喉奥で、影がかすかに笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ