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影喰 - KAGEGUI - 白鷺の夜鳴き【推理ホラーゲーム風味】  作者: 臂りき
第3章-Bルート(Aルート合流) 学院神社 ―― 影と祓いの境
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3-2 白鷺の巫女と、儀式の核音

 拝殿の奥へ足を進めると空気が一瞬で変わった。


 さっきまで感じていた“冷たさ”ではない。

 今度は皮膚が薄く切り裂かれるような“乾いた痛み”が走る。


(……ここ、空気が刺さる)


 呼吸をひとつ整えた。

 吸うと肺が軋み、吐くと胸に穴が開くような感覚。

 旧校舎の恐怖は“濁りの影”だったが、ここは“乾きの影”だ。


 空気から水分が奪われていく。


【影落ち:60% → 57%】

《浄化属性の結界により、表層の影を薄く剥がされる》

《ただし紗灯の残響は濃さを増す》


(痛みがあるのに……少し楽にもなるのが嫌)


 わたしの影は足もとで波紋のように揺れた。



 奥へ進むと、木の床が唐突に途切れ、

 小さな“祓い場”が現れた。


 白い砂が敷き詰められた円形の空間。

 中心には黒ずんだ石がひとつ。

 ひび割れた注連縄がその周りに絡むように落ちている。


 その石の上に——

 なにかが置かれていた。


 白い紙垂と、黒い布。


 近寄る。

 指を伸ばし、布をめくる。


(……これ、衣装?)


 それは、神社の巫女装束の一部だった。


 白い小袖の“袖だけ”。

 切り離されていて、血が滲んでいるような痕。


(誰の……?)


 布を持ち上げると、乾いた匂いが鼻を刺した。


 血の匂いではない。

 燻された紙と古い墨、

 焦げの残り香のようなもの。


 そのとき——


 背後から、ふっと風が吹いた。


 拝殿の扉は閉まっている。

 外からの風ではない。


 振り返った瞬間。


 少女が立っていた。



 鳥居の方へ向かう拝殿の入口。

 そこにひとりの少女が静かに佇んでいた。


 白い小袖に、赤い袴。

 夜の光を吸うような黒髪。


 年齢はわたしと同じくらい。

 しかし顔は異様に白く、

 眉と睫毛の影まで淡い。


(え……

 この子……さっき見た……)


 あの夕暮れに、鳥居の影から消えた“あの少女”だ。


 少女はわたしをまっすぐ見つめていた。


 まばたきがほとんどない。


「……ここに入ったら、影が傷つくよ」


 声は柔らかいのに、

 鼓膜の奥を直接震わせるような“ひやりとした音”だった。


 わたしは思わず息を呑んだ。


「あなた……誰?」


 少女は答えない。


 ただ、ゆっくりとわたしに近づく。


 歩くたび、少女の足もとで“白砂の影”が揺れる。


 影が——ない。

 足もとの砂の上に、影が全く落ちていない。


(影が……無い……?

 そんな人間……)


 少女はわたしの前に立ち、

 袖口から細い紙束を取り出した。


 小さな木簡もっかん

 古い文字が書かれている。


 わたしが受け取る前に、

 少女は先に言った。


「あなたの影は、濁ってる。

 旧校舎の匂い……“あの子”を追ったのね?」


(あの子……紗灯のこと?)


 影がざわりと波立つ。


 少女はわたしの影を見つめた。

 目の奥に光はないのに、

 影の揺れだけを追いかけるように、静かに。


「……呼ばれてるんでしょ。

 あなたの妹さんに」


 鼓動が跳ねた。


「なんで……紗灯を知ってるの?」


 少女は静かに言う。


「知っているんじゃない。

 “見える”だけ」


(見える……?

 どういう意味……?)


 少女はそのままわたしの影を指差した。


「その影、妹さんの“声”が染みこんでる。

 ——泣きながら、あなたを呼んでる」


 喉の奥が痛む。


 深い、抉られるような痛み。

 怒りと悲しみが、胸を交互に焼いた。


「……紗灯は、何をされたのか。

 わたし、知りたいの」


 少女は短く息を吐いた。


「影踏み。

 儀式の模倣。

 白鷺の夜鳴き——

 この学院では、昔から子どもたちが遊び半分で“影を呼ぶ”の」


 少女の声は夜の底のように静かだった。


「影界の門が、少しずつ開いてしまった。

 そのせいで、この神社は影を祓えなくなっている」


 わたしは拳を握りしめる。


「じゃあ……紗灯は、そのせいで……!」


 少女は、わたしの叫びを静かに遮った。


「あなたの妹さんを押したのは——

 “人間”と“影”の両方よ」


 視界が揺れる。


 心臓のように、影が脈打った。


(人間……と……影?

 じゃあ——紗灯を追い詰めた“あの三人”だけじゃない……?)


 少女が差し出した木簡に、

 墨で書き殴られた文字がある。


『三ツ影ノ儀

 影ヲ踏ミ、影ヲ写シ、影ヲ喰フ

 人影ト怪影、三者ノ揃フ時

 扉、開ク』


 息を呑む。


「三者……

 “三人”って、そういう……?」


 少女は頷く。


「あなたの妹さんを囲んでいた影。

 あれは“人間の影”だけじゃなかった」


 影が揺れる。

 鳥肌が立つ。

 喉が痛む。


「犯人は……誰なの?

 三人って誰?」


 少女は視線を落とした。


 影のない足もとに、

 砂がサラサラと流れる。


「——名前までは言えない。

 わたしは、結界の内側の存在だから」


「だったら、どうすれば——」


 少女はわたしの言葉を遮らなかった。

 ただ、そっと背を向けると、

 拝殿の奥の暗闇へ歩き出した。


 歩くたびに、影がないはずの彼女の背中から、

 薄い“白い線”が伸びていく。


 わたしは咄嗟にその線を掴んだ。


 手に、冷たく乾いた痛み。


 少女が振り返る。


「……痛いよ。

 触れると、あなたの影に“穴”が開く」


 わたしはそれでも離さなかった。


「お願い。

 紗灯のこと……教えて」


 少女はしばらく灯子を見つめ、

 小さく息を吐いた。


「あなたの妹さんは……

 “呼ばれていた”のよ」


 呼吸が止まる。


「旧校舎でも。

 ここでも。

 影界の門でも」


 少女の声音がわずかに震えた。


「紗灯さんは、影に“気づいてしまった”。

 だから——選ばれたの」


 わたしは影が揺れるのを感じた。


 痛いほど、怒りが胸を満たす。


「そんな理由で……

 あの子が殺されたって言うの?」


 少女は静かに首を振る。


「——殺したのは“人”よ」


 拳から血の色がにじむ。


(人間……紗灯を追い詰めた“あの三人”。

 でも、影が後押しした。

 二つが合わさって、紗灯は——)


 少女はわたしの前に木簡を差し出す。


「これは、儀式の“核音”。

 鍵になる。持って行きなさい」


 受け取ると、木簡の裏に墨で震える文字があった。


『影、三つ。

 名、隠サレシ。

 祓イノ時、“彼女”ガ道ヲ示ス』


(“彼女”……?

 巫女のこと……?

 それとも、紗灯……?)


 少女はわたしに背を向ける。


「灯子さん。

 ここから先に進むと、

 あなたの影は戻れなくなる」


 わたしは言った。


「紗灯を“戻せる”なら、それでいい」


 少女は足を止めた。

 悲しげにも、嬉しげにも聞こえる吐息。


「……そう。

 あなたも、あの子に似ている」


 そして少女は、

 白砂に溶けるように消えた。


 影のない少女の残滓だけが、

 わたしの手に冷たく残る。


【カード入手:CARD_09『三ツ影ノ儀(木簡)』(SR)】

タグ:儀式/影界/人間の関与

効果:中盤(第5〜6章)の核心推理スロットに必須


【影落ち:57% → 58%】

《浄化と憎しみの相殺。形状変化:影が細く鋭くなる》


 わたしは木簡を握りしめ、

 境内の奥の暗闇を見据えた。


「紗灯。

 必ず……三人を見つける。

 影でも、人でも、全部——暴くから」


 夜の神社は、その誓いを呑むように静かだった。


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