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影喰 - KAGEGUI - 白鷺の夜鳴き【推理ホラーゲーム風味】  作者: 臂りき
第3章-Bルート(Aルート合流) 学院神社 ―― 影と祓いの境
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3-1 階(きざはし)を踏む音と、祠の息

 旧校舎を出た直後、深呼吸をした。


 夜気はわたしの肺を鋭く刺した。

 胸の奥にこびりついた“紗灯の恐怖”が、まだ離れようとしない。


 それでも、わたしは歩き出す。

 影を引きずったまま、坂道の上へ。


 学院の裏手に伸びる石段は、

 夕闇に沈んだ校舎ひとつ分の高さを

 ひたすらまっすぐに登っていく。


(紗灯が残した足跡……旧校舎だけじゃない。

 あの子、ここにも来てる)


 直感ではなく“影の嗅覚”だった。

 わたしの影が地面の黒に反応してざわつく。


【影落ち:65% → 63%】

《神域補正:影落ちわずかに軽減》

《ただし、影残響は強化される》


 石段の表面はひんやりしていた。

 踏むたびに、その冷たさが靴底から伝わる。


 ザ……ザ……

 と、乾いた砂を踏む音だけが耳に残る。


 周囲は静かだ。

 虫の声も、木々のざわめきさえも、

 神社の境内に近づくにつれて吸い込まれていく。


 まるで“音そのものが許されない場所”みたいに。


(息が……軽くなる?

 いや、違う。

 “吸われて”るんだ)


 わたしは立ち止まり、空気を吸い込もうとした。


 喉に入る前に、

 空気が薄くなる。


 呼吸するたび、胸の奥が冷たく沈む。


【異常:神域の息吸い】

《結界内の呼気/影気の流入現象》

危険度:中

影落ちに影響する可能性あり


(……早く行かなきゃ)


 石段を駆け上がる。



 石段を登りきると、

 目の前に大きな鳥居がそびえていた。


 古い木造。

 赤い塗装はところどころ剥がれ、

 苔が黒い斑点のようにこびりついている。


 鳥居の上に白い紙垂が揺れもせずに垂れていた。


 風がないのに、紙垂だけは“呼吸しているように”微かにふるふると震えている。


(ここ……入っていいの?)


 右足を一歩、鳥居の内側に入れる。


 瞬間。


 ――パチ。


 目の前の空気が裂けた音がした。


 鳥居の内側と外側で、

 空気の“密度”が違いすぎる。


 まるで水面を割ったような感覚。

 肌が、鳥居の内側の空気を拒む。


 わたしの影が鳥居の前で止まった。


(……え?)


 影が、鳥居を越えようとしない。


 まるで、

 “影だけが結界に弾かれている”ようだった。


 鳥居に触れてみる。


 手のひらに木の冷たさ。

 その奥から、微かな電気のようなざらりとしたものが走る。


(影と……結界が、喧嘩してる)


 一瞬迷い、わたしは影を“引きずるように”鳥居をくぐった。


 影が背中側へ遅れて滑る。

 結界を通るとき、影の輪郭がぶれる。


(痛っ……!)


 頭の奥に針を刺されたような痛み。


【影落ち:63% → 60%】

《結界干渉:影の濁りを一時的に剥がす》

《反面:紗灯残響が強くなる》


 息をついた。


(紗灯……ここ、怖くなかった?

 あの子、影に触られてたのに……)


 胸の奥が痛む。

 影が小さく震える。


 鳥居の内側は旧校舎とは“別種の静寂”だった。


 湿気の少ない、乾いた冷え。

 空気が薄い。

 境内には誰もいない。


 神社の灯籠だけが、かすかに白く発光していた。



 わたしが一歩踏み出すと——


 砂利の上に足跡があった。


 ひとつ目。

 ふたつ目。

 数歩分だけ続いたあと、途切れている。


(……紗灯の足?

 違う。

 これ、裸足の……小さな子供の足だ)


 指が広がった跡。

 砂の盛れ方。

 重さの方向。


 紗灯より、もっと小さい。

 もっと軽い。


(この足跡……不自然)


 なぜか、右足だけ“深い”。

 左足は浅い。

 体重が片足だけに偏っている。


 まるで……


(“引きずられながら”歩いてる?)


 わたしは喉の奥がひりつくのを感じた。


 視界の端で鳥居の影が震える。

 影が震えているのは風のせいじゃない。


(この足跡の主……まだ、ここにいる?)


 影が足もとで勝手に揺れた。



 境内の奥、拝殿があった。


 提灯は消えているのに、

 その周囲だけが薄く青白い。


 近づくと、木の柱に何かが刻まれているのが見えた。


 手のひらほどの大きさの“傷”。


 指の跡。

 爪で、苦し紛れに引っ掻いたような線。


(これ……紗灯の?)


 違う。

 紗灯はもっと小柄で、こんな深さで木を削れない。


 柱に触れた。


 木の傷が脈打っていた。


 どく……どく……


 まるで“心臓”。


 背筋に冷たい汗が流れる。


 拝殿の奥から声がした。


『……み……て……』


(紗灯!?)


 反射的に駆け寄る。


 しかし奥には誰もいなかった。


 ただ、拝殿の床に“濡れた足跡”がひとつ。


 しずくが、ぽたり、と落ちる音。


(この足跡……紗灯の……?

 いや、違う。

 紗灯は水に濡れていなかったはず……)


 わたしは足跡の上に手を重ねた。


 ひやりとした感触。

 生き物の温度ではない。


 その瞬間、視界が反転した。



 ――境内。

 夕暮れ。


 紗灯はひとり、

 鳥居の影の中を歩いている。


 うつむき、泣きながら。


 彼女の横には誰かの“影”。


 三つの影。


 紗灯はその影を見ようとして、

 顔を上げられなかった。


 影が囁く。


『……影、踏んだよ』

『ほら、影を踏んだ』

『次は——神社で、やるんだって』


 紗灯は首を横に振る。


(やめて……やめて……)


 紗灯は駆けだす。

 泣きながら拝殿へ。


境内の砂利が涙でにじむ。


(お姉ちゃん……こわい……)


 そのまま——

 拝殿の奥に姿が消える。


 そして残ったのは濡れた足跡だけ。


 水ではない。


 “涙”だ。


 視界が戻る。


 わたしは床の足跡にまだ“温度”が残っていることを感じた。


(……紗灯。

 あなた、ここで泣いてたの……?)


 胸が締めつけられる。


 涙ににじんだ小さな足跡。

 影の濃さ。

 紗灯の震え。


 すべてが、この拝殿にまだ残っている。


【カード入手:CARD_08『涙の足跡』(R)】

タグ:紗灯の残響/神域/影踏み

効果:第3章の核心推理スロットに有効


 影が足もとで静かに揺れる。


 わたしはまっすぐ拝殿の奥を見た。


「紗灯。

 あなたのこと……全部、拾うよ」


 神社の闇は静かに、灯子を迎え入れた。


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