1-1 転入生
四月の風はどこか冷たい。
この学院の空気はたぶん、まだ冬を抱いたままなのだと思う。
わたしは白鷺女学院の正門をくぐった。
桜の花びらが頬に触れるたび、胸の奥の何かがチクリと疼く。
この痛みに名前をつけた日はもうとっくの昔だ。
——妹の声。あの日、聞けなかった痛み。
「はーい、転入生の汐見さん、前へどうぞ」
担任に呼ばれ、ガラリと扉を開ける。
その瞬間、教室の空気がざわめきで揺れた。
「あっ……」
「え、可愛くない? ていうかイケメン……?」
「なんか……映画に出てきそう」
慣れている。
転入するたび似たような視線を浴びてきた。
この顔立ちはわたしが望んだものじゃないから気にしない。
でも、笑っておく。
それがわたしの“仮面”だから。
「はじめまして、汐見灯子です。好きなものはホラー映画と揚げパンです。
揚げパンは懐にも優しい食べ物なので、ぜひみんな仲良くしてほしいです」
「――揚げパン関係なくない?」
「うちら揚げパンかよっ! ウケるー!」
教室が一拍置いて笑いに包まれる。
(——よし。ギャグ1発目、成功)
【システム:観察】
教室の空気に“ざらついた影”を検出。
【影揺らぎ:0.02】
担任は苦笑しながら席を示す。
「汐見さんは、後ろの窓側へ」
その席の隣には長い髪の少女が座っていた。
少し青白い肌。伏せた睫毛。
まるで光に触れると壊れてしまう硝子のような横顔。
彼女は顔を上げ微笑んだ。
「ゆいです。よろしくね」
「ゆいちゃん。よろしく!」
わたしが気軽に返すと、ゆいは一瞬だけ目を丸くしたあと、柔らかく笑った。
教室のどこかで──
“ぱき” と小さな軋み音がした。
振り返っても何もない。
でも、わたしの“影”が……
ほんの少しだけ、遅れてついてきた。
◆放課後
チャイムが鳴り、みんなが出ていく。
わたしは残った。
黒板の前に立つと、窓から伸びる影が揺れているのが分かった。
(……あれ?)
わたしの影は、わたしの足の形をしている。
でも、その縁だけがじわりと滲むように歪んでいた。
影がこっちを見るように膨らんでいた。
(気のせい……にしておこう)
「ねぇ」
背後から声がした。
振り向くと、ゆいが立っていた。
「さっきから……なんか変じゃなかった?」
「変?」
「影。ほら、そこの」
ゆいが黒板下を指差す。
わたしの影が少しだけ遅れて動いた。
本当に“遅れていた”。
「……うそ」
ゆいは唇を噛むようにして言う。
「この学校、昔から“影が遅れる”って噂があるの。
事故があってから、特に……」
(事故——)
胸の奥に冷たい針が刺さる。
【影落ち:0%→3%】
《刺激記憶:妹》が微かに反応
「ゆい。その事故って、どんな……?」
「裏山でね。儀式ごっこしてた子が、帰ってこなかったの」
ぴしり。
床下の木がひとりでに軋む。
影がわたしの足元でひたひたと揺れた。
◆その夜・旧校舎の前で
夕闇が下りる前。
校内アナウンスが突然流れた。
『旧校舎は現在、清掃点検のため立入禁止です』
……旧校舎。
妹が関わった“儀式ごっこ”も、旧校舎に集められた噂がある。
(行くしか、ないよね)
わたしは制服の袖をまくり、ほんの少し息を吸った。
【選択肢】
1)寮に帰る
2)ゆいを追う
3)旧校舎へ向かう
わたしは迷わず──
3)旧校舎へ向かう を選んだ。
【フラグ:《CH1_OLD》起動】
旧校舎は薄暗い。
まっすぐな廊下が闇へ溶け、天井がみしりと鳴る。
足元に小さな物体が転がっていた。
古いカセットテープ。
拾い上げた瞬間、ぶわっ、と空気が反転するように震えた。
『……おね……え……ちゃ……』
頭の中で少女の声が再生された。
わたしの呼吸が止まる。
(紗灯……?)
【カード入手:CARD_01「旧校舎の呼ぶ声」(R)】
【影落ち:3%→9%】
振り向きざま、背後に白い指先が見えた気がした。




