第七章
癒しの実の種を盗んだ男は、ペックという名前でした。ペックは、お金になると聞いて癒しの実の種を城から盗み出したものの、すぐに追手が迫ってきたので、魔動船にのって天上の海に出たのでした。ところが、魔動船の操縦を誤って船が墜落し、壊れてしまったので、天翔ける国に戻ることが出来ずにいました。
当てもなくさまよって、ついには道の端で倒れてしまったペックは、少年に助けられました。ペックは少年が持っていた地図と癒しの実の種一粒とを交換しました。そして、森の中に入り、古い小屋を見つけて仮の住まいにしました。
それから半年も経ちましたが、ペックはまだ帰る方法を見つけることもできずに、森の小屋で暮らしていました。ペックの服はすっかりボロボロになっていました。そんなある日、ペックが空を見上げていると、魔動船らしきものが浮かんでいるのを見つけました。船はまっすぐこちらに向かって来ています。
(天翔ける国の連中が俺を探しに来ているのか?)
ペックは思案しました。
(よし、そんならあの魔動船を奪ってやろう。そうすれば、俺は天翔ける国に帰ることが出来る。)
ペックは、こっそり移動して、魔動船が着陸しそうなところに向かいました。
ちょうどその頃、ウィリアムと壺の中のレイトンは、カラスのクローツ、そして白カラスのラスクと一緒に魔動船を森の外の草原に着陸させました。魔動船が見つかるといけないので、草を結んだり上に被せたりして、隠しておきました。クローツの案内でウィリアムが森の中に姿を消すと、入れ違いにぺックが草原に現れました。
「確かこの辺りに魔動船が着陸したはずだ。」
ペックは魔動船を探し始めました。
一方、ウィリアムは森の中の古い小屋を見つけて、そっと忍び寄っていました。周囲には焚火の跡があり、誰かがここで生活していた様子が見られました。そっと小屋の戸を開けてみましたが、誰もいませんでした。
「もしかして、僕らが来たのに気が付いて逃げてしまったのかな?」
『いや、出かけているだけかもしれない。』
「ここで待ち伏せしていた方がいいかな?」
『ああ、そうだな。念のため、クローツ、周辺を見回ってきてくれ。』
レイトンがクローツに指示を出しました。ウィリアムは、木に登って小屋を見張ることにしました。
しばらく見張っていると、クローツが帰ってきました。
「カア。カア。」
「なんだって、魔動船の近くに怪しい天翔ける国の人間がいるのか?ウィリアム、急いで戻った方がい
い。」
「わかった。」
ウィリアムは木からスルスルと降りると、草原に向かって急ぎました。
ウィリアムが草原に戻ると、以前助けた巨人の姿が見えました。魔動船を見つけたらしく、結んである草を手で引きちぎっているようでした。
「しまった。魔動船を奪われてしまう。」
ウィリアムが魔動船にたどり着いた頃には、巨人は魔動船に乗り込んで船を動かそうとしていました。魔動船が空から離れた瞬間、ウィリアムはそっと船に壺を放り込み、静かに魔動船の縁にしがみつきました。
巨人に気づかれないようにウィリアムが船内によじ登ると、もう地面が随分遠くに離れていました。その高さに、ウィリアムは今さらながらに背筋が凍るような気がしました。
幸いなことに、巨人は後ろを向いているのでウィリアムには気づいていません。ウィリアムはしゃがみながらそっとペックに近づき、その首元に剣を当てて言いました。
「盗人め、観念しろ!」
船を操作するのに夢中になっていたペックは、首に当てられた剣に驚きました。しかし、逃げるわけにはいきません。今船の操作をやめてしまったら、地上まで真っ逆さまです。
「まてまて、今俺に何かしたら、船ともどもお前も地上まで墜落するぞ。この高さじゃあ助からん。天翔ける国の海に着くまでは俺から離れていろ。」
「そういうわけにはいかないぞ。お前は僕から父さんの形見の地図を奪っただけじゃなくて、魔動船まで奪おうとした。それに、万病に効く植物の実の種だって、レイトンさんの城から盗んだんだろう。返せ。」
「確かにそうだよ。俺は盗人だ。だが、死ぬほどの悪さをしたわけじゃない。そうだろう?船の操作の邪魔をしないでくれ。」
仕方なく、ウィリアムは剣を当てるのをやめ、ペックから少し離れました。
その時、魔動船が雲を突き抜けて天翔ける国の雲海に出ました。船ががたんと揺れました。立っていたウィリアムはバランスを崩しました。ペックはウィリアムが少しよろけたのを見逃しませんでした。肘打ちでウィリアムを突き飛ばしまし、船から落とそうとしました。
ウィリアムはすんでのところで船べりをつかんで船から落ちずにすみましたが、剣を取り落としてしまいました。その剣をペックが足で払ったので、剣はウィリアムの手が届かないところに滑っていきました。
それでもあきらめず、ウィリアムは反撃しました。ペックの足元に狙いを定めて滑り込み、思いっきり脛を蹴り飛ばしたのです。
「いてっ!」
ペックは思わず悲鳴をあげてよろけました。
「くそっ!」
ペックはウィリアムの方を振り返って、殴りかかろうとしました。しかし、ウィリアムはペックの背後に回りました。そしてペックの膝を後ろから蹴ります。ペックは立っていられず膝をつきました。
「デメノ・アヒェロ!」
そこに、レイトンが魔法の呪文を唱えました。光の蔓がペックの体を縛り上げます。
ウィリアムはふたを開け、レイトンを壺から出していたのでした。
「ありがとう。レイトンさん。」
「いや、私の方こそ出してもらえてうれしいよ。わたしを信用してくれたんだね。ありがとう、ウィリアム。」
レイトンが笑顔で手を差し出しました。
本当のところ、ウィリアムはレイトンを完全に信用していいのか、まだ迷っていました。でも、シンシアはレイトンを信用しているようですし、癒しの種を盗まれたレイトンは本当に困っていたのだと納得したのです。
とはいえ、三賢者が言っていたような悪い領主なのかどうかということはまだ、ウィリアムの心に引っ掛かっていました。何か誤解があったのかもしれません。
が、目下のところこの戦いで味方が欲しかったというのが、レイトンを壺から出した一番の理由でした。きっと、レイトンはウィリアムを助けてくれると思ったのです。
「あんたはこの盗人ほどの悪党じゃないみたいだからね。それに、協力してくれるって思えたから。こちらこそ、助けてくれてありがとう」
ウィリアムは照れ臭かったけれど、そう言ってレイトンの手を握りました。二人はがっちりと握手をしました。
「フン。」
ペックだけがふてくされています。
「それにしても、お前は癒しの実の種を奪ってどうするつもりだったんだ?」
レイトンがペックに聞きました。
「持ってきたら高く買ってくれるって人がいたんでね。売るつもりだったんだよ。」
「なんだと。怪しい奴だな。どこの誰だ?」
レイトンはペックからその話を詳しく聞き出しました。
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