第六章
次の日の朝、ウィリアムは三賢者から貸してもらったローブを着こみ、剣を腰にぶら下げて、壺を懐に収め、森の一軒家を出発しました。そして、太陽が真上に昇る少し前に、森を抜けだすことが出来ました。森の外に出ると、どこからともなくラスクが飛んできました。
「ラスク、どこにいたんだよ」
「カア。カア」
「まあ、いいさ。お前がいてくれれば、一人っきりの旅よりは心強いよ」
「カア」
「シンシアを連れて帰るには、向こうに見える町の城に住むレイトンという悪い領主をやっつけないといけないことがわかったよ。
どうやらレイトンがシンシアを攫った犯人らしいんだ」
「カア?」
ラスクが首をかしげました。
「おや、ラスクは違うって言いたいのかい?」
「カア」
ラスクはその通りだとでも言いたげに鳴きました。
「だけど、僕は三賢者から聞いたんだ。とにかく行ってみないと何もわからない。先を急ごう」
そうして、ウィリアムは歩き始めました。
森を抜けた後はしばらく草原が続きましたが、やがて大きな麦が青々と実っている畑の間を通る道に出ました。さらに進むと整備された大きな道に通じていて、その道は町まで続いていました。町の周りはお堀で囲まれていて、跳ね橋で中に入るようになっていました。入り口の門には「ようこそ」という看板がつるされていて、門番が一人、椅子に座っていましたが、ウィリアムを見てもすんなり中に入れてくれました。
(子供だと思われたからかな)
ウィリアムは思いました。
町の中に入ると、大きな石造りの家々が立ち並んでいました。
(さすが巨人の町。何もかもが大きいな)
ウィリアムはあっけにとられて町の大通りを見渡しました。それにしても随分と静かな町でした。大きな通りだというのに、行きかう人はまばらです。両脇の店も閉まりがちで、どの人もみんな浮かない顔をしているようにも見えます。
「なんだかさびれた町だなあ」
ウィリアムは思いました。ラスクはウィリアムの肩にとまっています。
「とにかく、お城を目指そう」
そうして、ウィリアムは町の中心へと向かいました。
町の中心には、思った通りお城がありました。お城の周りには、お堀があってやはり跳ね橋がありました。
(城の中に入るにはどうすればいいだろう)
ウィリアムが思案していると、ラスクがウィリアムの肩から飛び立ちました。そして、お堀の中に飛び込んでいきます。
「おい、ラスク!大丈夫か?」
慌ててラスクを追ったウィリアムは、ラスクがお堀の淵に浮かんでいる木の板にとまっているのを見て、ほっと一安心しました。
「水に飛び込んだんじゃなかったのか。でも、その板は使えるかもしれないな」
ラスクが止まった板は、ちょうどウィリアムが乗っても沈まなさそうな分厚い板でした。お堀の外側の塀にぶつかって止まっているので、上手に乗ればお堀の向こう側まで濡れずに行けそうです。ウィリアムは誰にも見られていないか周囲に用心しながらお堀の壁を降りて、浮き板に乗りました。
幸いなことに、誰にも見つかりませんでしたし、板は沈みませんでした。腹ばいになって、両手で静かに水をかきながら向こう岸に移動します。そして、向こう岸につくと、またお堀の塀をよじ登り、お城の敷地に入り込むことに成功しました。次は裏口を探して城内に入り込まなければいけません。ウィリアムは裏口を探して城の周りを歩き始めました。
しばらく歩くと、若い女の人が洗濯物を干しているのを見つけました。ウィリアムは女の人が洗濯物を干し終えるの隠れて待ち、その後をつけました。思った通り、女の人は裏口の木戸を開けてお城の中に入っていきました。
女の人がお城に入ってからしばらくして、ウィリアムもそっと裏口からお城の中に入りました。中には一本道の通路がありました。その石造りの通路を突き当りまで行くと二階に上がる階段がありました。巨人にとっては大した段差ではないかもしれませんが、一段一段がウィリアムの太ももの位置より高い階段です。
(上がるのが大変だな。それに、階段には身を隠す場所がないから、誰か来ると困るな)
まず、ウィリアムは、地面に耳を当てて、足音がしないか確かめました。それから、ローブのフードを被って、階段の端の方を上っていくことにしました。階段の半ばまで来た時です。遠くから足音が近づいてくるのがわかりました。ウイリアムはとっさに階段の段の下にうずくまりました。しばらくすると、誰かが横を通り抜ける気配がして足音は遠ざかっていきました。どうやら、石造りの壁の色にウィリアムの灰色のローブがうまく同化して目立たなかったようです。でも、階段を上がるときはいくら何でも見つかってしまうでしょう。ウィリアムは大急ぎで階段を上がりきりました。
二階に出ると、料理の美味しそうな匂いがしました。どうやら、調理場があるようです。
(おそらく、下働きの人たちの階だな。城の領主はここにはいないだろう)
周囲を見渡すと、さらに上の階に上がる階段がありました。ウィリアムは三階に上がることにしました。
三階には広間がありました。広間の真ん中に大きなドアのある部屋があって、その部屋を囲むように通路がありました。
(領主はどこにいるんだろう。真ん中の大きな部屋かな)
中をのぞいて確かめようと思いましたが、両開きのドアは大きすぎてウィリアムの力では開けられそうもありません。仕方なく、ほかの部屋を探して回ることにしました。
用心しながら通路を歩いていると、開いたドアがありました。そこには、一人の巨人とシンシアがいました。服装から見るに、巨人は男のようです。シンシアは、大きな椅子に座らされおり、巨人はその向かい側に立っています。巨人はドアに背を向けているので、ウィリアムには気づいていません。ウィリアムは巨人の背後から近づきました。その時、シンシアがウィリアムの姿に気が付いたようです。目を大きく見開き、口に手を当てています。ウィリアムは人差し指を口に当て、静かにしているようにとジェスチャーで伝えました。シンシアは不安そうな顔をしていますが、うなずきました。そのシンシアの動作で、巨人は何か勘づいたようです。後ろを振り返りました。
「シンシアを返せ!」
ウィリアムは巨人に剣を向けて突進しました。巨人は一瞬驚いた顔をしてひるみましたが、すぐに近くにあった椅子を手に取ると、ウィリアムに向かって振り下ろしました。ウィリアムはすんでのところで椅子を避けて横に転がりました。椅子は床に打ち付けられた衝撃で、脚が一本折れました。ウイリアムが体勢を整えて巨人に剣を向けなおすと、巨人はまた椅子をウィリアムに向けてたたきつけようとしてきました。ウィリアムは絶対絶命の危機です。
「アーサーさん、やめて!その子は私の大切な幼馴染なのよ!」
その時、シンシアが叫びました。巨人の動きが止まりました。ウィリアムはしめたと思いました。
「牢獄の壺よ、アーサー・レイトンを閉じ込めろ」
ウィリアムがそう叫びながら壺をレイトンに向けると、ものすごい旋風が起こってレイトンに絡みつき、そのまま壺の中に吸い込まれていきました。ウィリアムは急いで壺にコルクの栓をしました。
賢者たちがウィリアムに渡した壺は、名前を呼んだ相手を封じ込める魔法の壺でした。ただし、相手に壺を向けて名前を呼んだ時だけしか吸い込むことが出来ません。
「シンシアのおかげで助かったよ。ありがとう」
ウィリアムは言いました。
「いいのよ、ウィリアム。助けに来てくれて、ありがとう。でも……」
シンシアは言いにくそうに言いました。
「アーサーさんは悪い人じゃないわ。誤解なのよ。壺から出してあげて」
「誤解?でも、アーサー・レイトンは君を無理やりさらっただろ。僕の母さんも君の両親も、みんな君がさらわれるところを目撃しているんだよ」
「確かに、さらわれたのは事実なのよ。でも、事情を説明してもらって、私がここに残るって言ったのよ」
「なんだって?」
『そもそも、わしが探していたのは〈癒しの実〉の種を持ち去った盗人だったのだ』
壺の中からレイトンの声がしました。
「〈癒しの実〉の種だって?もしかして、万病に効く植物の種のこと?」
『なんだ?お前には心当たりがあるのか?』
「ああ。町にから家に帰る途中で、行き倒れの男を介抱したら、地図と交換に万病に効く植物の種を一粒
もらったんだ。でも、使い方を聞く前に男がどこかへ逃げて行ってしまって、どうしたものかわからないからとりあえず、シンシアに渡したんだ」
「それを私が食べちゃったということね。お菓子をもらったのだとばかり思いこんでいたのよ。恥ずかしいわ」
『なるほど、そういう経緯だったのだな。種を食べてしまったシンシアには癒しの力が宿った。それで、病人に手をかざすと病気を癒せるようになったというわけか。合点がいったぞ』
レイトンが感慨深そうな声で言いました。
『しかし、それならまだ盗人は種を持って地上にいる可能性があるということだな。探しに行きたいが、このままでは無理だ』
どうやら、レイトンは癒しの種を奪った盗人を探しに行きたいようです。
(レイトンはまるっきり悪い人ではないのか?でも、三賢者はレイトンは悪人だと言っていた。このまま壺から解放してしまってもいいんだろうか。いや、よくないかもしれない)
ウィリアムは慌てて言いました。
「ちょっと待って、僕はまだ納得できてない。だいたい、なんであんたはシンシアをさらったんだい?それに、なんのために癒しの種が必要なのさ」
『それはだな、私の妹が病気にかかってしまったのだ。それで、治す方法を見つけるために天翔ける国中の書物を集めて調べた。すると、癒しの実の汁を飲めばどんな病気も治ることが分かった。そこで、家来たちに国中を探させて癒しの実の種を手に入れることが出来たのだ。ところが、癒しの実の育て方を調べている間に悪党が城に入り込み、癒しの種を盗んでいったのだ。悪党を追跡したところ、魔動船で地上に降りた痕跡があった。それで、私はカラスたちを使って地上の様子を調べさせたのだ。三か月はなんの情報も得られなかった。しかし、カラスたちが一人の娘が手を当てただけで病人を治したという知らせを持ってきたので、癒しの種と関係があるかもしれない、そうでなくとも、妹の病を治してもらえるかもしれないと思って私自ら地上に降りてその娘シンシアを天翔ける国に連れてきたのだ』
「事情は分かったけど、強引だな」
『確かに、強引だったかもしれない。しかし、妹の病状は日に日にひどくなり私は焦っていたのだ』
「それで、今は妹さんの具合は?」
『それが、事情を話してシンシアに手を当ててもらい、妹の病気を治そうとしたのだが、少し良くなったものの完全には治らなかったのだ。だから、やはり癒しの実が必要なのだ。そのためには癒しの種が必要不可欠だ』
「なるほど。それなら協力したいところだけど・・・・・・」
『何か気になることでも?』
「シンシアが病気を治した女の人って誰?」
「それは、テーラー夫人、つまりウィリアムのお母さんのことだと思うわ」
それまで黙っていたシンシアがおずおずと口を開きました。
「テーラー夫人はウィリアムが船乗りの仕事に出かけてから病気がちになってしまったの。それで、私も看病していたのだけれど、そのとき偶然テーラー夫人の胸に手を当てることがあったの。そうしたら、不思議に手が温かくなって、やわらかく光りだしたからびっくりしたのだけど、そのすぐ後からテーラー夫人の具合が急に良くなったのよ。毎日神様にお祈りしたおかげで奇跡が起きたのだと思っていたのだけれど、あの種の力だったなんて驚いたわ」
「僕が航海に出てから母さんが具合悪くなっていたなんて、ちっとも思わなかったよ。てっきり皆元気で過ごしていると思っていたのに」
ウィリアムは、心配をかけたままで出稼ぎに行ったことを少し後悔しましたが、いまさらどうしようもありません。
「それにしても、シンシア。母さんを看病してくれてありがとう」
「いいのよ。いつもお世話になっているテーラー夫人だもの。私にできることなら何だってするわ」
そう言うと、シンシアはにっこり微笑みました。
(シンシアは優しいなあ)
シンシアはちょっと食い意地が張っているけれども、とっても優しい女の子だと、ウィリアムは思いました。
『さて、ウィリアム。これで私をこの壺から出す気になったかね?』
レイトンが壺の中から聞いてきました。
「まだ、出す気にはならないよ」
ウィリアムは言いました。
『なぜだい?』
「だって、僕にこの壺を貸してくれた賢者達は、あんたのことを悪い領主だと言っていたんだ。このまま出したらまた、領民たちを苦しめるだろう」
『私が悪い領主だって?』
壺ががたがた揺れました。ウィリアムは落っことさないようにしっかりと壺を押さえました。
「領民から高い税をとったり、貢物をさせたりしているんだろう。賢者達のことも迫害して森に追いやったんだろう」
『確かに税金はとっているが、それは領地の安全を守るのに必要だからであてって……
いや、最近は癒しの実を手に入れるためにたくさんの税を費やしていたかもしれない。貢物というのは妹の病気を治すために高価な薬をあちこちから集めたことかもしれないな。妹の命を救うためには仕方なかったんだ。いや、そのことは反省するよ。もう高い税金は取らないし、貢物も不要だ。だが、賢者たちのことはよくわからないな。迫害したとはどういうことだろう。そもそも、賢者たちというのはどんな人物だ?』
「森の中に住んでいる親切な三人の老人だよ。僕は彼らに助けてもらったんだ」
『きっと、なにか誤解があるのだろう。私は自分で言うのもなんだが、そんなに酷い領主ではないぞ』
「信じられないなあ」
ウィリアムは三賢者の言うこととレイトンの言うことのどちらを信用すればいいのか、わからなくなってしまいました。
「ウィリアム、アイリス姫の病気がとても重いのは本当のことなのよ。早く癒しの実の種を盗んだ悪党を捕まえて癒しの実の種を手に入れないと、姫の命が危険だわ。ねえ、アーサーさんを信じてあげて」
シンシアがウィリアムに頼みました。それでもウィリアムはレイトンのことを全面的に信用する気になれませんでした。でも、シンシアの頼みは聞いてあげたいと思いました。
「わかった。それじゃあ、僕も悪党を捕まえに行くよ。あんたのことは壺の中に入れたまま連れて行く。それでいいかい?レイトンさん」
ウィリアムなりに出した折衷案です。
『わかった。ウィリアム、それでいい』
レイトンも承諾しました。
「それにしても、どうやって悪党を探すんだい?まだ地上にいるのか天翔ける国に戻ってきたのかもわからないだろう」
ウィリアムにはどうしたらいいか見当もつきません。悪党に出会ったのは半年も前のことです。出会った場所は覚えているものの、まだ近くにいるかどうかもわかりません。
『天翔ける国では捜索させているけれども見つかっていない。いるなら地上に違いない。カラスたちに捜索させるよ』
「カラスたちだって?カラスとしゃべることが出来るの?」
『ああ、我々天翔ける国の人間は、魔法の力で鳥としゃべることが出来るんだ』
『ピュー』
口笛の音がしました。
『今のが、私のカラスを呼び寄せる口笛だ』
しばらくすると、一羽のカラスが窓際にとまりました。
『クローツ、地上にいる巨人を探してきて欲しい。癒しの実の種を盗んだ悪党だ。なるだけ急いでくれ』
「カア」
クローツは命令を聞くと一声鳴いて飛び去ってしまいました。
「見つかるまでに相当時間がかかりそうだね」
『そうでもないさ。仲間を集めて一緒に探すだろう』
その言葉通り、その日の夕方にはクローツが帰ってきました。翌日には、ウィリアムは壺と一緒にボート型の魔動船に乗って地上に向かっていました。
お読みいただき、ありがとうございました。




