第三章
春になりました。ウィリアムは懐かしのブドウ農園に帰ってきました。農園のブドウの木の下では枯草の下から若草が顔を出し始めています。ウィリアムが家のドアをノックすると、お母さんが出てきました。コーナン夫妻も一緒でした。お母さんはウィリアムの姿を見ると目に涙をにじませて、その帰りを喜びました。
「ウィル、よく帰ってきてくれたね。お前がいない間に、いろんなことがあったんだよ。」
「母さん、長らく留守にしてごめんよ。でも、この通り元気で帰ってくることが出来たよ。お給金だって
たくさんもらったんだ。さあ、受け取ってよ。」
ウィリアムは、懐からお金の入った袋を取り出してお母さんに見せました。
でも、お母さんは首を振って言いました。
「ありがとう、ウィル。気持ちは嬉しいよ。だけどそのお金はお前が必要だと思うことに使うのにとっておおき。」
「でも、母さん・・・・・・」
ウィリアムは袋をあげた手をおろしました。お母さんはもっと喜んでくれると思っていたのに、浮かない顔をしています。興奮していた気持ちが沈みました。そういえば、シンシアの姿が見えません。
「母さん、シンシアはどこ?渡したいお土産があるんだ。」
すると、コーエン夫人が顔を手でおおって、しくしくと泣き出しました。コーエンさんが、その肩を撫でてなだめます。
「シンシアは空から来た魔人にさらわれてしまったんだよ。」
押し殺した声で、お母さん言いました。
「魔人にさらわれた?」
「そう。信じられないかもしれないけれど、私たちは確かに見たのよ。あれは一月の灰色の雲が垂れ込める日だったわ。教会からの帰り道、空にゴマ粒みたいな何かが浮かんでいると思ったら、どんどん近づいてきて、うちの農園に落ちたの。驚いて行ってみると、大きな帆船が一艘、地面に落ちていたわ。そして、その中には大きな男が一人座っていた。私たちが遠巻きに見ていると、男は船から降りてこっちに近づいてきた。それが、とんでもない巨人だったのよ。人間の二倍はあるんじゃないかと思ったわね。カラスが激しく鳴きたてるし、すぐに逃げようとしたんだけど、私は足がすくんで動けなくなってしまってね。腰が抜けてしりもちをついてしまったの。そうしたら、少し先まで逃げていたシンシアが戻ってきて、私の手を引いてくれたの。だけど、巨人はもうすぐそばまで来ていて、あろうことかシンシアを両手で抱えると、そのまま船に戻って乗り込んだのよ。すると、信じられないことに船が輝き始めて、そのまま空高く舞い上がって、あっという間に見えなくなってしまった。」
お母さんはそれだけ一気にまくしたてると、どっかりと椅子に腰を下ろして頭を抱えました。
「まさかあんなことが起こるなんて、信じられない。」
「テーラー夫人だけじゃない。私たちもこの目で同じものを見たんだ。」
コーエンさんが言いました。
「村で一番の長老マグモルドさんに話したら、それは天翔ける国から来た巨人かもしれないと教えてくれたわ。」
コーエン夫人が言いました。
「マグモルドさんが言うには、この辺りには、はるか昔に天から来た巨大な魔人の伝説があるっていうんだ。天翔ける国という空の国から来た巨人は、不思議な力を使うそうだ。シンシアはその巨人にさらわれてしまったようなんだよ。」
「でも、一体なぜ?」
「それは私たちにもわからない。だが、そんなわけでシンシアはここにはいないんだよ。無事でいてくれ
ればいいのだが・・・・・・」
コーエンさんが胸に手を当てて絞り出すような声で言いました。
ウィリアムは呆然としましたが、すぐに正気を取り戻すとマグモルドさんの話を聞きに行くことにしました。
マグモルドさんは八十九才のおじいさんです。腰は曲がっていますが、頭はしゃっきりしています。木彫りの熊を彫る手を休めて話してくれました。
「昔、わしのひいじいさんが話してくれたことによると、ランディ遺跡の奥に今も巨大な魔人の船が眠っているということじゃ。その船に乗れば、天翔ける国に行けるかもしれんなあ。」
「ありがとうございます。僕、ランディ遺跡に行ってみます。」
ウィリアムが立ち去ろうとすると、マグモルドさんは言いました。
「巨人は鳥と話をするそうじゃ。鳥には気を付けた方がいいぞ。」
「わかりまた。気を付けます。」
そうして、ウィリアムはランディ遺跡を目指しました。
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