第一章
夕方、ウィリアムは港町から家までの道を歩いていました。港町に行ったのは、冬の間の働き口を探すためでした。運よく、明後日から出向する船があって、ウィリアムはその船に船員として乗せてもらうことになりました。航海の期間は半年間。冬の間のウィリアムの食糧を皆の分に充ててれば、この冬をなんとか乗り越えられるはずです。それに、農園が忙しくなる春にはお給料をもらって帰ってくることが出来ます。心配事が解決したウィリアムは心も足取りも軽くなっていました。
「水を、水をくれ。」
ふと、声が聞こえた気がしてウィリアムは立ち止まりました。
あたりを見回すと、道の端の岩の陰にもたれかかった男がいました。目をつむって、ぐったりしています。
「おじさん、大丈夫かい?」
ウィリアムは声を掛けました。
「ずっと水を飲んでないんだ。水を飲みたい。」
男が絞り出すような声で言うので、ウィリアムは腰にぶら下げた水筒を男に渡しました。男は大きな手で
水筒を奪うようにつかむと、ごくごくと水を飲みました。そして、水を飲み終えるとやっと人心地着いたのか、ウィリアムと目を合わせました。大きな目でした。
「ありがとうよ。おかげで助かった。ところでここは、どこだい?」
男が言いました。
「道にでも迷ったの?ここはウォーレンのひなぎく街道だよ。」
ウィリアムは教えてやりました。
「聞いたことないな。」
男が困ったように言うので、ウィリアムは地図を広げて見せてやりました。
「ここが隣国のツボルトで、ここがウォーレンだよ。ひなぎく街道はほら、ツボルトからずっと続いてる
だろ。おじさんは今、この辺にいるんだよ。」
やがて、男の顔面が蒼白になりました。
「なんてことだ。俺はこんなとこまで来ちまったのか。一体、どうやって帰ったらいいんだ。」
頭を抱えてぶつぶつとつぶやいています。ウィリアムは気の毒なような、気味悪いような気持になって、灰色の服を着たその男を見つめていました。
やがて男は言いました。
「すまないが、その地図を俺に譲ってくれないか?」
ウィリアムは困りました。肌身離さず地図を持っているのには訳があったからです。
「この地図はだめだよ。死んだ父さんの形見なんだ。」
「そこをなんとか頼むよ。そうだ、万病に効く植物の種を一粒あげよう。どんな病気にも効くんだ。」
それを聞いて、ウィリアムの心は少し動きました。それは、シンシアのことを思い出したからです。シンシアは、ウィリアムの一つ年下の女の子です。年が近いので、ウィリアムとシンシアはよく一緒に遊びます。でも、シンシアは体が弱く、喘息があって発作が起こると何日か寝込んだりします。発作が起こっているときはいつも、とても苦しそうです。ウィリアムはそんなシンシアの体がよくなるなら、地図と交換してもいいかもしれないと思ったのです。
「悪い話じゃないだろう?さあ、地図をよこしてくれ。これが万病に効く植物の種だ。」
そう言って、男はウィリアムの手をつかんで掌に種を置きました。
「使い方は・・・・・・」
男が言いかけた時、ふいに空がかげりました。すると、男はおののいて、真っ青な顔で地図をウィリアムからふんだくりました。そして、立ち上がると走って逃げて行ってしまいました。残されたウィリアムはあっけにとられてその姿を見送りました。本当は、すぐに走って追いかけたいほど怒っていたのですがやめました。なぜなら、逃げて行った男の大きさといったら、身長が百六十五センチメートルあるウィリアムの2倍はあろうかという見たこともない大男だったからです。追いかけたからと言って、とても地図を取り返せそうになかったのです。
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