信じられないが、ここはデスゲーム会場らしいです。
フィーネ。それが、私の名前らしい。
起きたら森の中にいて、それまでの記憶が一切ない。まさしく、記憶喪失状態。
白いワンピースを着ていて、突然現れたリスに驚かされるもどこかに消えてしまい、奇妙な出来事が立て続けに起きた結果、私はここを《異世界》だと認定した。
それならば少しは辻褄が合うというものだろう。森の中にいた理由も、それまでの記憶がないのも、《異世界》を理由にすれば多少は頷ける。
なにより私が異世界に憧れていたというのもあるのかもしれない。記憶喪失なのにそれだけ覚えているというのもおかしい話だが。
まあなにより、《異世界》に来たと少し嬉しい気持ちになった一人の少女(私)が、そこにはいた。
だがそれは、一つの言葉によってすぐに崩れる。
【…………いやここ、デスゲーム会場ですよ?】
「え?」
名前の時と同じように唐突に頭に降りてきた文に、私は思わず声を漏らす。
……デスゲーム会場? それは、どういう
【ここは《異世界》でもなければ《パラレルワールド》でもありません。デスゲーム会場です。】
「…………………………………………」
《異世界》と思って少し舞い上がっていた頃の自分が、ボロボロと崩れていく。
ここは、《異世界》ではないのか。
【……申し訳ありません、フィーネ様。目覚めた直後に説明するべきでした。こちら側の不備です。】
「…………あなたは?」
希望を失った声で、私は瞬時に気になったことを口に出す。「ここがデスゲーム会場だ」という事実よりも、「ここが《異世界》ではない」ということに対するショックのほうが大きいので、質問の意図はあまり考えてなかったが。
【申し遅れました。わたくし、デスゲーム主催組織のRと申します。以後、お見知り置きを。】
「……R? 何かのイニシャル?」
思いついた疑問をそのままぶつけてみる。
【それは回答できません。なにせ、デスゲームの主催の者ですから。】
まあ、そうか。それは秘匿情報か。
それにしても。
デスゲーム、か。
ようやく、その事実が理解できてきた(してはいけないのだが)。これはデスゲーム。ファンタジー要素の一つもない、残酷無下なところ。
つまり、Live or Dieの世界ということだ。生か死か、そのどちらかしかない。
でも、だ。
それなら、なんで私はここにいるのだろう?
自ら参加をしたのか、それとも—―—―。
【このデスゲームには、自らの意思で参加した人たちしかいません。わたくしたちはあくまでそのゲームを主催する団体ですので。】
「そう、なんですか……」
私も、自らの意思で参加したということだろうか。命知らずにも程があるというものだ。
「…………というか、どうやってしゃべりかけてるんです? それ。普通の連絡手段には見えませんが」
電話とかスピーカーとか、そのような類の連絡手段でないことは確かだ。そもそもしゃべりかけているのかも分からない。私にとっては、文が頭に降りてきているかのような感覚だからだ。
【参加者様たちには一人ひとり、薬を飲んでいただいています。副作用もありますが、そのおかげてこうして連絡を取り合えているというわけです。基本的にこちら側が文章を打ち、送信しているような感じですが。】
「なるほど……。副作用って、もしかして記憶喪失になることも?」
【記憶喪失ですか…………副作用でなる人の確率は少ないのですが。なっても、一時的なものですのですぐに戻りますのでご安心ください。】
なるほど。これでとりあえずの謎は解けた。ここがどういうところかも、主催組織との連絡手段も、なぜ私が記憶喪失なのかも。
だが、また新たな疑問が。
「どうして私は、このゲームに参加したんですか?」
それだけは知っておきたかった。どういう経緯で、どのようにしてデスゲームになんかに参加したのか。
それを聞くと、少し間が空いて文章が降ってくる。
【…………申し訳ありませんが、それはこちらでは把握しかねません。あくまでこちらは、参加者様たちの意思に応じてゲームに参加させているまでなので。】
「そうですか……。すみません、同じような質問をしてしまって」
【いえ、参加者様の質問に答えるのはこちらの義務ですので。】
なんか、やけに優しいなと思った。
漫画とかで見るデスゲームの主催と言ったら残酷冷徹で、説明も雑に済ませてあとは自分で考えろ、みたいな。そんな感じだと思っていた。
だが、このデスゲームの主催はやけに優しい。何か裏があるのか、と思うが、デスゲームなんだから裏があって当たり前かと思い直す。
なぜか、《転生異世界》系漫画の冒頭の神様的な存在にRさんが思えてきた。
と、そこでまた一つの文が降りてくる。
【そろそろ説明が始まりますので、手元の腕時計をご覧ください。】
「腕時計……?」
そんなの、どこに。
そう思った直後、左手首から何かが発光する。
「…………っ!」
そこには、確かに腕時計があった。秒針長針のある普通のアナログ時計。その縁から青い光が漏れていた。
これは、と驚く暇もなく、今度はその青い光がしたら順に立体を構造していく。その様子は、まるで—―—―。
「ホログラム…………?」
そう、それはまるでホログラムのようだった。
見たことはないが、近未来アニメとかでよく出るアレだ。その幻想的な風景に、私は一瞬見とれてしまった。
「…………。っそうか、説明」
説明とは、おそらくこのゲームに関する説明だろう。ルールとか、範囲とか、そういうやつ。
と、そのホログラムに一つの映像が映る。
『参加者の皆さん、ようこそお集まりいただきました。これから、今回のデスゲームの説明をしていきます。』
見た瞬間、「あ、やっぱりこういう感じなのね」と思った。低い声で『これから命がけのデスゲームをはじめる』なんて言わなく、普通の声で、しかも淡々とゲームの説明をする。「なんか世界観崩壊しそうなんですけど」と思いつつも、説明の声に耳を傾ける。
『この説明は、参加回数が三回以内の方々向けになります。』
それを皮切りに説明された内容をまとめると、ざっくりとこんな感じだ。
まず私たち参加者はこれからデスゲームをする。なにを使ってもいいし、誰を殺したってもいいし、逆に誰と協力してもいい。つまり、言うところの無法地帯というわけだ。
しかしその中にもルールと目的が存在する。
ルールは、簡単に言えば森を消失させるな、ということらしい。争うからには多少の傷跡などは仕方がないものの、森全焼などその規模のものはルール違反とみなされ張本人は主催によって始末されるらしい。怖い話だ、どちらも。
そして目的というのが、これは単純明快。ただ、《森を脱出せよ》ということらしい。
一見簡単かと思うがこの森にはトラップがいくつも隠されており、おまけにこの森は数百平方キロメートル単位の大型の森らしいので、抜け出すのはそうそう簡単ではない。略地図的なマップを見せられたが、ど真ん中にいたら抜け出すのにまる一日はかかると思う。
またここはデスゲームらしく、途中でのリタイアは認められていない。つまりは生きて帰るか、ここで死ぬかの二択。
正直今もまだここが《異世界》だという考えが抜けず、「デスゲーム」と言われるたびにハッとする。
「どうして私は、デスゲームなんかに……」
恨むんだったら記憶がない頃の自分を恨めというものだ。今この状況を、私はすごく後悔している。
だがいいところもあり、クリアすると大量の賞金がもらえるらしい。具体的に何円かは分からないが、数百万単位の金らしい。ここはさすがデスゲームと言ったところだろう。
『制限時間は三日です。それでは、ゲームをスタートしてください。』
これでこのゲームに関するすべての説明が終わり、私は時計から顔を上げる。
とその瞬間、遠くで大きなブザー音が鳴った。多分、説明を受けていない人に対する始まりの合図だろう。
「……とりあえず探索するか」
森を探索しなければ、周りの状況が掴めない。それはきっと、結構な致命傷なはずだ。
「まずは拠点を見つけ、ない、と…………」
……だめだ。やっぱり私は、この世界をデスゲームとして認識できていない。完璧に《異世界》としてしか認識ができていない。
分かってるのか? 脱出しなければ、生き残らなけれ死ぬんだぞ?このまま、死んでもいいのか?
「……………………」
その時、私の思考がある一つの考えに傾いた。
この世界に対する意識が《異世界》のママだったんなら。
—―—―いっそのこと《異世界》感覚でゲームを進めればいいのではないのか?
「…………っ!」
そうだ、そうすればいいのだ。無理矢理デスゲームに思考を持っていく必要はない。どうせ、《異世界》でも死は死なんだ。生は生なんだ。私にとってのその価値観は、変わらない。
私はなぜか、やる気が出てきていた。
「絶対に、クリアしてみせる!」
たった今、こういった瞬間から。
私の「デスゲーム」を《異世界》として攻略する人生—―—―
いや。
私の人生が、始まった。
Episode2.信じられないが、ここはデスゲーム会場らしいです。