①−8 告白
【注意】なるべくソフトに書いたつもりですが、倫理的にまずいところはあります。ごめんなさい。
晴れて自由科に移籍したぼくは、毎日二階の自習室で勉強している。
授業を受ける時間がなくなったことで、上の学年の内容を進めるスピードが格段に上がった。
夜、家で机に着く必要がなくなり、早めに寝たり、本を読んだりしている。たぶん今の方が、あざみの小にいた頃より健康的。
カーテンが揺れる窓際の席に、あの人はいる。
いつも白いYシャツを着て、日によって違うネクタイをして。真剣に問題を解いている、凛々しい顔。
(見とれてしまう。自分の勉強に集中しなきゃ)
ぼくはノートに鉛筆を走らせる。
少し声が聞こえたのでそちらを向くと、綾瀬さんは同じテーブルの女の子に解き方を教えていた。
(ちょっと焼き餅……)
綾瀬さんには綾瀬さんの交友関係があるだろう。ぼくにもそれがあるように。
電車通学のぼくは、駅と自由科の間を普段は徒歩で往復する。
だけど今日、この夕方、急な雨と雷に襲われて、濡れながら駅まで走っていた。
天気予報を見てくればよかった。
「乗って!」
半透明のレインコートを着た自転車の人。ぼくのめがねは用をなさず、前がよく見えない。でも声で分かった、あの人だって。
ぼくは彼の後ろの荷台に腰かけた。
「しっかりつかまって」
言われるまま、背中に抱きつく。
彼の二輪は踏み切りを越え、住宅街へと入っていった。
「綾瀬さんて親切」
ぼくは彼の家のお風呂に浸かっている。雨に濡れた体をそのままにしておくと風邪を引くからって、わざわざ沸かしてくれたんだ。
着ていた服は洗濯機の中。着替えも用意してくれた。
これっていわゆる彼シャツ?
ぶかぶかで、袖は長く、裾なんて足元まであるから、はっきり言ってワンピースだ。
パンツは、大人用の新品のお腹周りを縫って縮めてくれて、ぼくに合うようにしてくれた。器用なんだな。
脱衣所を出ると、廊下の先のお台所からいい匂いがした。
行ってみると綾瀬さんが――
「ホットミルク飲む?」
やさしい顔で飲み物の用意をしてくれている。
「うん!」
テレビの前のソファにぼくたちは座った。
隣の綾瀬さんは、グラスに入ったアイスコーヒー。
ぼくが飲んでいる温かい牛乳は、ちょうどの甘さですごくおいしい。
マグには月を眺める黒猫ちゃんが描かれている。意外と、趣味がかわいい。
「最近、話さなかったね」
綾瀬さんは少しだけ、顔を背けている感じ。こっち見ないようにしてる?
「そうだね」
自習室では一緒になるけど、テーブルは離れているし、お昼も別々に過ごしている。
初日だけは、一番乗り登校したぼくを、綾瀬さんは笑顔で迎えてくれたけど。
「結構人気あるんだね。自習室で綾瀬さん、先生みたいじゃない? 他の子たちが列作って、教えてもらう順番待ってる」
「年長だから、あの中では」
まんざらでもないみたいな声。
「人のお世話するの好きなんだ?」
「わりあい……」
会話してるのにこっち向いてくれない。ぼくより壁の方が大事ですか。
ねえ綾瀬さん、ぼくのこと見て。って言ってもいいけど。
「……」
前にある透明天板のローテーブルに、ぼくは飲みかけを置いた。座り心地のいいソファから下りる。
「お手洗い借りるね」
ぼくはテーブルの前に回った。廊下はすぐそこ。
「ああ、トイレなら風呂場の横に」
知ってる。でも本当の目的地はそこじゃない。
壁の前、つまり綾瀬さんの視線の先にぼくは立った。
「え……?」
戸惑う高校生のおにいさん。顔は目以外、片手で隠してる。でも赤くなってるのは分かった。
「ぼくのこと、好き?」
「……」
綾瀬さんは答えない。答えられないのか、頭の中ぐるぐるしてる感じだもん。
「ぼくは好きだよ」
タクシーで家に帰り着いて、晩ごはんを食べた後、自室のベッドで仰向けになった。
天井を見ながら、夕方のことを思い出す。
あの後ぼくは、綾瀬さんに押し倒された。服の上からだったけど、体のいろんなとこさわられたんだ。キスも。
(どうしよ……)
どうしたらいいか分からなかった。
そのうち、綾瀬さんはぼくの両脚の付け根に手を持ってきて。
「ダメ!」
その声で、我に返ったみたいだった。
「え……オレ……」
理性が戻り、青ざめる綾瀬さん。
「ごめん! 本当に申し訳ない! きみに何てことを……」
とりあえずぼくは起き上がって、シャツの裾で前を隠した。
「大丈夫だよ」
ちょうど乾燥が終わった合図が聞こえ、綾瀬さんは洗濯物を取りに行く。
一人になったリビング兼台所で、ぼくは息を整えた。心臓がドキドキしてる。
着替えたぼくを、綾瀬さんはタクシーに乗せた。多めのお金を運転手さんに渡し、残りは取っといてくださいって。
ぼくは、何も言えずに、遠ざかっていく綾瀬さんを車窓から眺めた。
(年の差ってやつ……)
一日空けて登校したぼくは、綾瀬さんを廊下に呼び出した。
「おとといはありがとう。お陰で風邪引かなかった」
お母さんが駅ビルの地下で買ってきた袋入りのお菓子を、彼に差し出す。
「これお礼。受け取って」
綾瀬さんは少し躊躇していたけど、最終的にはぼくが持ってた袋を取ってくれた。
「ありがとう」
「こっちこそ」
ぼくはにこにこしていた。笑顔でいたかったから。
「あの、おとといはその」
「綾瀬さんはぼくのこと好き?」
ごめんなんて聞きたくなくて、彼の言葉を遮った。
「あのとき答えてくれなかったから」
「……好き、だと思う、皆ヶ崎くんのことが」
断定口調じゃないんだ。それはちょっとさびしいけど。
ぼくは、綾瀬さんの荷物を持っていない方の手を握る。驚いた表情をする綾瀬さん。
「またデートしよう」




