①−7
欧立学園自由科に入るのに、簡単な学力試験があった。それに、自分で立てる学習計画の提出も。
自由科は基本、自己責任の学校だ。何をどれだけ勉強しても、しなかったとしても、それは全く生徒の自由なんだけど、結果に対して先生たちは全く責任を負わない。
だから大人の監督がなくても自ら勉強できる、あるいは保護者がしっかりと計画に責任を持つ――そのいずれかが求められるのだった。
ぼくはまず、四年生の修了試験を受けることにする。それから五年の範囲をあと少しだから仕上げて、修了する。そして六年の勉強をする。そんな感じの計画表を書いた。
ついでに、青葉クラブの四年のテストの成績表も添付。
「じゃあ、もうすぐオレと同じ学校の生徒になるんだね」
「うん、結果のお返事をもらったら」
ここは本町にある、欧立学園本校前の公園。木陰のベンチに座って、綾瀬さんとお昼を食べている。
この照り焼きチキンのサンドイッチは、綾瀬さんが早起きして作ってくれたもの。野菜たっぷりで、とってもヘルシー。
「勉強に慣れている皆ヶ崎くんなら、そっち方面での心配はいらないと思う。でも自由科は生徒が少ないし、自習室にばかりいると、誰とも口を聞かないまま数日が過ぎることもある。コミュニケーション能力は格段に落ちる――その点は理解しておいた方がいい」
「綾瀬さんは学校で、話すことが少ないと感じる?」
ぼくの感覚では、綾瀬さんの会話能力は特に低いと思わない。ちゃんと日本語話せてる、受け答えも問題ない。
「年の近い子がいない。中学生は高校受験して出ていくし、高校生は籍だけ置いて登校しない人も珍しくない。まあ話さないことはないけど、一緒に体育を受ける小学生たちと」
「そうなのか」
ぼくはあんまり意識していなかった、自由科にいる他の子どものこと。会ったことないし。
「役所で斡旋してるバイトとかで、自分から話す機会を作ってる、オレは」
「確か家政夫さん」
「家事が好きだからもあるけどな」と、綾瀬さんは笑った。
「今みたいにぼくと、ときどきお話してくれる?」
何の気なしに、ぼくは綾瀬さんを見つめた。
目が合い、彼は顔を横へ向け、ぼくを見ずに言う。「もちろん」と。
「……」
余計なこと考えちゃう。簡単に落とせそう、とか。
でも相手は年上だ、八つも離れている。大人の付き合いなんてぼくにはできない。
「綾瀬さんとは、ずっと友達でいたいな」
ぼくは、恋人を作らない方がいい。子どものうちはともかく、大人になったら相手をがっかりさせる。
青葉クラブのビルの前で、荻野くんと会った。
直接話すのは初めてだけど、彼と保育園が同じだった八芝さんを通して、ぼくが彼を目標としていることは伝わっていた。
「この前のテストはよくがんばったね。上位のランキングに載れるなんて、すごいじゃないか」
荻野くんはぼくのことを、“一学年下の子
”と認識している。それはその通りなんだけど、同い年じゃないか。
上から目線なのにすごい違和感。
「ビギナーズラックだよ。次はあれほど行かないんじゃないかな」
「どうだろうね。でも、ぼく以外に上の学年のテストに挑戦しようとする子がいて、とってもうれしいよ」
その笑顔は、ぼくがきみには敵わないと信じているからだ。
「いつかきみに勝ちたい」
ぼくは、女の子みたいな柔らかい笑みを浮かべた。油断してる隙に追い抜いてやる、の意味で。
「そうはさせないよ」
「!」
今の本当に荻野くん!? と言いたくなるような恐ろしい形相。眉間にしわは寄っていたし、ぼくをきつく睨みつけていた。
腰が抜けた。
今日はもう誰にも会いたくないと思っていたのに。
本屋で新しい問題集を物色していたら、なんか普通に友達みたいに話しかけてきたんだ。「そのシリーズ、僕も使ってる。結構いいよ」って――あの佐藤くんが。
「……」
荻野くんと話した後だし、これ以上しんどくなるの嫌なんだけど。
ぼくは手にした本を棚に戻した。
「辞書引き大会、僕がクラス代表として出たんだ」
「へぇ」
本来なら二位の八芝さんが代表になるはずだった。でも集中できなかったのかもしれない、あんなことがあったから。
「で、結果は?」
「皆ヶ崎さんには敵わない、と思った」
具体は答えず、代わりに嫌味だけ言う佐藤くん。ぼくは男の子の服を着ているのに。
「辞書引きといい、模擬試験といい、本当にきみはすごいね。逆立ちしたって僕には太刀打ちできない」
「だから、ぼくと八芝に打撃を与えて、三位のきみが代表に上がったと」
「そんな策略家に見えるかい?」
穏やかに微笑む、キラキラ王子様。
「もしそうなんだったら、ぼくはきみを尊敬するよ。ぼくにはクラスメートたちを思い通りに動かす力なんてない」
「偶然だよ」と静かに言い、佐藤くんは四年用の理科を一冊引き抜いた。
「きみがいなくなってくれてよかった。お陰で確実に順位が一つ上がった」
「クラスの中で上位目指しても仕方なくない? たかが三十人、勉強に興味なくて努力してない子もいるのに」
すると佐藤くんは一瞬、「?」みたいな顔をし、苦笑する。
「やっぱり気付いてなかったか。僕も青葉の模擬試験を受けているんだよ、もちろん三年用の」
「そうなんだ」
「彼女のことは気にしていても、僕なんか眼中になかったんだね。本当に憎らしいよ、きみのことが」
今のはちょっと、愛情こもってたかもって。同胞愛みたいな。
「ごめん、きみの片想いだ。ぼくには他に好きな人がいる」
「憎らしいと言ったんだ」
「好きって聞こえた」
きみはどこまでも図太い性格だね、と佐藤くんは笑う。そこに悪意は感じられなかった。
「嫌いじゃないよ、圭一くんのこと」
「人の名前を覚えないきみが、僕のことよく知っていたね」
「認識ぐらいは」
全くタイプじゃない王子様として。
「もしきみが海峰中学に来たら、そのときはまた僕が潰してあげるよ、この間みたいに」
きれいな笑顔だった。
「合格する自信あるんだ」
「当然」
ぼくたちは高いところで、手のひらどうしをぶつけ合った。




