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王子様と赤ずきん  作者: かおる
1章
8/32

①−7

 欧立学園自由科に入るのに、簡単な学力試験があった。それに、自分で立てる学習計画の提出も。

 自由科は基本、自己責任の学校だ。何をどれだけ勉強しても、しなかったとしても、それは全く生徒の自由なんだけど、結果に対して先生たちは全く責任を負わない。

 だから大人の監督がなくても自ら勉強できる、あるいは保護者がしっかりと計画に責任を持つ――そのいずれかが求められるのだった。

 ぼくはまず、四年生の修了試験を受けることにする。それから五年の範囲をあと少しだから仕上げて、修了する。そして六年の勉強をする。そんな感じの計画表を書いた。

 ついでに、青葉クラブの四年のテストの成績表も添付。


「じゃあ、もうすぐオレと同じ学校の生徒になるんだね」

「うん、結果のお返事をもらったら」

 ここは本町にある、欧立学園本校前の公園。木陰のベンチに座って、綾瀬さんとお昼を食べている。

 この照り焼きチキンのサンドイッチは、綾瀬さんが早起きして作ってくれたもの。野菜たっぷりで、とってもヘルシー。

「勉強に慣れている皆ヶ崎くんなら、そっち方面での心配はいらないと思う。でも自由科は生徒が少ないし、自習室にばかりいると、誰とも口を聞かないまま数日が過ぎることもある。コミュニケーション能力は格段に落ちる――その点は理解しておいた方がいい」

「綾瀬さんは学校で、話すことが少ないと感じる?」

 ぼくの感覚では、綾瀬さんの会話能力は特に低いと思わない。ちゃんと日本語話せてる、受け答えも問題ない。

「年の近い子がいない。中学生は高校受験して出ていくし、高校生は籍だけ置いて登校しない人も珍しくない。まあ話さないことはないけど、一緒に体育を受ける小学生たちと」

「そうなのか」

 ぼくはあんまり意識していなかった、自由科にいる他の子どものこと。会ったことないし。

「役所で斡旋してるバイトとかで、自分から話す機会を作ってる、オレは」

「確か家政夫さん」

「家事が好きだからもあるけどな」と、綾瀬さんは笑った。

「今みたいにぼくと、ときどきお話してくれる?」

 何の気なしに、ぼくは綾瀬さんを見つめた。

 目が合い、彼は顔を横へ向け、ぼくを見ずに言う。「もちろん」と。

「……」

 余計なこと考えちゃう。簡単に落とせそう、とか。

 でも相手は年上だ、八つも離れている。大人の付き合いなんてぼくにはできない。

「綾瀬さんとは、ずっと友達でいたいな」

 ぼくは、恋人を作らない方がいい。子どものうちはともかく、大人になったら相手をがっかりさせる。



 青葉クラブのビルの前で、荻野くんと会った。

 直接話すのは初めてだけど、彼と保育園が同じだった八芝さんを通して、ぼくが彼を目標としていることは伝わっていた。

「この前のテストはよくがんばったね。上位のランキングに載れるなんて、すごいじゃないか」

 荻野くんはぼくのことを、“一学年下の子

”と認識している。それはその通りなんだけど、同い年じゃないか。

 上から目線なのにすごい違和感。

「ビギナーズラックだよ。次はあれほど行かないんじゃないかな」

「どうだろうね。でも、ぼく以外に上の学年のテストに挑戦しようとする子がいて、とってもうれしいよ」

 その笑顔は、ぼくがきみには敵わないと信じているからだ。

「いつかきみに勝ちたい」

 ぼくは、女の子みたいな柔らかい笑みを浮かべた。油断してる隙に追い抜いてやる、の意味で。

「そうはさせないよ」

「!」

 今の本当に荻野くん!? と言いたくなるような恐ろしい形相。眉間にしわは寄っていたし、ぼくをきつく睨みつけていた。

 腰が抜けた。


 今日はもう誰にも会いたくないと思っていたのに。

 本屋で新しい問題集を物色していたら、なんか普通に友達みたいに話しかけてきたんだ。「そのシリーズ、僕も使ってる。結構いいよ」って――あの佐藤くんが。

「……」

 荻野くんと話した後だし、これ以上しんどくなるの嫌なんだけど。

 ぼくは手にした本を棚に戻した。

「辞書引き大会、僕がクラス代表として出たんだ」

「へぇ」

 本来なら二位の八芝さんが代表になるはずだった。でも集中できなかったのかもしれない、あんなことがあったから。

「で、結果は?」

「皆ヶ崎さんには敵わない、と思った」

 具体は答えず、代わりに嫌味だけ言う佐藤くん。ぼくは男の子の服を着ているのに。

「辞書引きといい、模擬試験といい、本当にきみはすごいね。逆立ちしたって僕には太刀打ちできない」

「だから、ぼくと八芝に打撃を与えて、三位のきみが代表に上がったと」

「そんな策略家に見えるかい?」

 穏やかに微笑む、キラキラ王子様。

「もしそうなんだったら、ぼくはきみを尊敬するよ。ぼくにはクラスメートたちを思い通りに動かす力なんてない」

「偶然だよ」と静かに言い、佐藤くんは四年用の理科を一冊引き抜いた。

「きみがいなくなってくれてよかった。お陰で確実に順位が一つ上がった」

「クラスの中で上位目指しても仕方なくない? たかが三十人、勉強に興味なくて努力してない子もいるのに」

 すると佐藤くんは一瞬、「?」みたいな顔をし、苦笑する。

「やっぱり気付いてなかったか。僕も青葉の模擬試験を受けているんだよ、もちろん三年用の」

「そうなんだ」

「彼女のことは気にしていても、僕なんか眼中になかったんだね。本当に憎らしいよ、きみのことが」

 今のはちょっと、愛情こもってたかもって。同胞愛みたいな。

「ごめん、きみの片想いだ。ぼくには他に好きな人がいる」

「憎らしいと言ったんだ」

「好きって聞こえた」

 きみはどこまでも図太い性格だね、と佐藤くんは笑う。そこに悪意は感じられなかった。

「嫌いじゃないよ、圭一くんのこと」

「人の名前を覚えないきみが、僕のことよく知っていたね」

「認識ぐらいは」

 全くタイプじゃない王子様として。

「もしきみが海峰かいほう中学に来たら、そのときはまた僕が潰してあげるよ、この間みたいに」

 きれいな笑顔だった。

「合格する自信あるんだ」

「当然」

 ぼくたちは高いところで、手のひらどうしをぶつけ合った。

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