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王子様と赤ずきん  作者: かおる
1章
7/32

①−6

 ぼくが帰ったとき、お母さんは玄関で靴磨きをしていた。

 早い帰宅に驚いていたけど、ぼくが風邪で早退したと言えば、そのまま通してくれた。

 後でおかゆを持っていくわねって。ごめんお母さん、嘘ついて。


 女の子の服に着替えて、わたしはベッドに寝そべり、欧立学園本校のパンフレットを眺めていた。学校にあるのを前に取ってきていたんだ。

 あざみの小では学年の半分ぐらいが中学受験をする。そのため五、六年生の受験組クラスの方は、午前中のみ学校で、午後は欧立学園大学教育学部附属の塾(青葉クラブ)に移動して授業を受けることになっている。進一お兄ちゃんもそのパターン。

(お兄ちゃんと同じ海峰かいほう学園中学を受けるのは、わたしには無理だわ)

 お父さんは二人ともそこを受験するよう言ったけど。わたし自身もそのつもりで準備してきたのだけど。

(中学校の前に、まず今よね)

 後ろの方のページに、自由科の案内がある。初等科・中等教育科とは別の、小学生から高校生までの年齢の子が通える学校。

 ここでは一人一人が自分のペースで勉強できる。たとえば小学生が中学生の教科書を読んでいてもいいし、試験に通ればその学年の課程を修了したという証書をもらえる。わたし向きではあるんだ。

 通学は自由。週に何回でも、あるいは全く行かなくても。登下校の時間も指定されていない。

(あの人が言っていた学校は、ここに違いない)



 夕方、林田先生と八芝さんがわたしの家を訪ねてきた。

 リビングのソファで、四人が向かい合う。こちら側に座っているのは、わたしとお母さん。

 お母さんには先生から電話で話があったんだ。こっそり聞いていたから知ってる。

「このたびは、本当に申し訳ございません。僕の監督不行き届きです。休み時間にあんなことが起こるなんて」

 先生はわたしたちの前で、深々と頭を下げた。八芝さんは先生の隣で、何とも言えないしんどそうな顔をしていた。

「頭を上げてください、先生のせいではありませんから」

 お母さんに言われて、林田先生は姿勢を戻す。

「皆ヶ崎、すまなかったな。嫌な思いをしただろう」

「わたしは別に。いつかこうなることは予想していましたし。先生には、いろいろと配慮していただいて、感謝しているんですよ」

 教員用のお手洗いを使わせてもらったり、水泳の授業を全部見学させてもらったり。

「わたしがいることで、クラスをまとめにくかったでしょう。本当にごめんなさい、わたしのわがままで」

「わがままなんかじゃない。いいか? 三年二組はおまえのクラスだ。堂々とそこにいていい、それがおまえの権利だ」

 先生はわたしを学校へ引き戻そうとしている。

「あたしも、できる限り協力する。女子は全員あんたの味方」

 八芝さんも。

「わたしは自分の正体がバレたら、学校をやめるつもりでいたの。実際、今日のことがあって、あの教室に戻るのは難しいと思う。わたしが、通うことができない」

 男子たちの強い拒絶を見た後では。

 彼らが言っていた通り、わたしはみんなを騙していた。それは紛れもない事実。

「そう」と、八芝さんはつぶやいた。

「お母さんはどのようにお考えですか」

 林田先生は、わたしのお母さんに話を振る。

「今は……少なくてもしばらくの間は、お休みをさせていただいた方がいいかと。この子が落ち着くまで時間も必要でしょうし。もちろんクラスの皆さんも」

 お母さんは、わたしがあざみの小をやめることについて、はっきりとは言わなかった。

「本当に、不甲斐ふがいなくて自分が情けないです」

「先生」と、わたしは手を上げた。

「ん、皆ヶ崎?」

 わたしはにっこり微笑む。先生と八芝さんを交互に見る。

「本当に楽しかったの。先生のクラスでよかった」


 八芝さんにはぼくの部屋に来てもらった。で、ぼくは彼女がいる前で服を着替えたんだ。こっちの方が話しやすい。

「あんたって何者なのって、聞いちゃいけないけど聞きたくなるわね」

 ここには他に腰かけるものがないので、二人並んでベッドの縁に座っている。

「女の子なんだけど、体の一部が男の子仕様なんだ」

 八芝さんは「?」という表情を浮かべる。

「実物を見せるわけにはいかないけどさ。見た目が男性器みたいな、女性器を持ってるってこと」

「……!」

 当たり前だけど、顔を赤らめる八芝さん。

「本当なの?」

「うん。この話、きみにしかしないからね。他の誰にも内緒だよ」

「言わない、絶対」

 ぼくは八芝さんが落ち着くまで(血流が収まるまで)待った。

「だからさー、そう簡単に女の子デビューなんかできないんだよ。あの形なら男子だって、誰が見ても思うだろ」

「それはそうかもしれないけど。あんたは窮屈じゃないの? 本来の自分を偽って生きるの」

「それは心配ない。ぼくどっちで生きるのでもいいっていうか。自分の性別はどうでもいい。それよりみんなに受け入れてもらえるかどうかだよ」

 八芝さんは、納得したような表情をしていた。

「じゃあ、このまま一生男性として生きるのもアリなの?」

「たとえばきみと恋人どうしになるとかね」

 冗談のつもりじゃないって、それは八芝も分かったみたいだ。

「あたしはあんたのこと……」

 最後までは言わない。不毛だと知っているんだろう。

「きみのこと、ちょっと好きって言ったのは本気だった。皆ヶ崎雄二というキャラクターは、八芝さんみたいな女の子が好きなんだよ。でも、それがすべてじゃない。ぼくの中にはユウミという女の子の人格も存在していて、ちゃんと男性を好きになるし、実際ちょっと気になる人はいたりしてさ。そんなだから……」

 ぼくは指で、彼女のあごを引き寄せる。

「ぼくを受け入れてくださいって言うのは、気が引ける。今だってきみにキスしそうなんだけど」

「……」

「本当にしていい?」

 そう聞いたら八芝さんは、さっと顔を背けた。さすがにそれは嫌なのか(笑)

「くらくらする、混乱して」

「当たり前だね」

「今って皆ヶ崎雄二なの? 女の子じゃなく」

 八芝さんはドアの方を向いている。ぼくの反対側。

「うん。ぼくは、男なんだよ」

「……」

 ちょっと気持ち揺れてる?

「やっぱりやめておく。後悔しそうだもの」

 八芝さんは立ち上がった。

「あたしはともかく、聖子ちゃんは本当にあんたのこと好きだったんじゃないかと思うから。もし道で会ったとき避けられても、あんたは文句を言えないわよ」

「うん、分かってる」

「帰る」

 部屋を出て階段を下りていく八芝を引き留めなかったのは、ぼくの擬似的な恋愛感情なんて、そんなものだったからかもしれない。

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