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王子様と赤ずきん  作者: かおる
1章
4/31

①−3

 六月、プール開き。嫌な季節がやってきた。

 別に泳げないからじゃないよ。クロールはできないけど。

 ぼくは屋根の下で、みんなが授業を受けているのを見ている。

「ガリ勉のやつ、また見学してるぜ。去年もそうだった」

「カナヅチなんだろ」

 男子たちがこっちを見て笑ってる。セリフはぼくの想像だけど、たぶんこんな感じ。

 林田先生には事情を話しているんだ。ぼくは水着を着ることができない、羞恥心から。

 一年の頃はまあ、海パンに上半身はだかでも何とかやれたんだ。けど二年から、そういうのが恥ずかしくなった。他の女の子たちはちゃんと前を隠しているしね。

 だからってぼくの場合、実は女の子でした! なんて言って女子として生きていくのも難しい。特に水着を着ると、男の子のようなあれの形が分かってしまう。

 そういうわけで、中途半端な男子を演じている。お父さんの判断は、正しかったと思う。

「皆ヶ崎、あんた泳げないって本当?」

 三年で初めて同じクラスになった八芝さん。髪を帽子の中に全部入れて顔だけになると、美人だってのが確かに証明される。性格はキツいけど。

「泳げるよ。犬かきぐらいはできるって」

「犬かきぃ?」

 八芝さん声でか。

「あたしがまともなの教えてあげるわよ、クロール。来週からは水着を持ってきなさい。笑わないで、ちゃんと面倒見てあげる」

 へぇ。八芝さんて、結構やさしいとこあるんだ。

「実は水恐怖症。小さい頃、海で溺れて、以来水に浸かるとぶるぶる体が震えるんだ。とてもじゃないけど授業にならない」

 口から出まかせ。ぼく結構嘘つくの平気だ。

「そう。悪かった」

「いや。こっちこそ気を遣わせちゃって」

 八芝さんがみんなのところに戻っていった後、ぼくは青空を見上げた。

(ぼくも、泳ぎたいなぁ)



 始め! の合図で、ぼくたちは鉛筆を動かし始める。

 ここは青葉クラブという塾の教室。今日は三年のテストを受けに来ている。

 三年のと断ったのは、今回限りで終了するつもりだからだ。見事一位をとれたなら、次回から四年のテストに切り替える予定。

 八芝さんにも負けるつもりはない。


 四教科すべて受け終えて、ぼくは教室を出た。

 生徒がぞろぞろ、廊下と階段を歩いている。三年と四年のテストは時間帯も一緒なので、その中に荻野くんの姿も見つけた。体が大きいから、四年生だと言っても誰も分からないだろう。

(来月は、ぼくとあの子の差がはっきりする)

 もちろん一度で勝とうなんて思っていない。


 ビルを出て、お腹空いたからクレープでも食べて帰ろうかと思っていたところだった。

「あ」

 今すれ違ったの、この前のおにいさんだ。

 清潔感のある真っ白なYシャツ。脚が長く見える黒いパンツ。肩から提げてる布かばんも、あのときと同じだ。

 関わることなんてないだろうけど。見た目だけで言えば、好きなタイプ。

 ぼくは店に入り、チョコバナナをテイクアウトで注文した。


 食べながら店を出ると、まだあのおにいさんはビルの外にいた。立ち止まっている。

(子どもの流れはもうやまったのに。入れないってことはないだろう)

 気にせずぼくは家の方向に歩き始める。

 ふと時計を見た。十一時五十八分。

 上の学年のテストは時間が長いので、午後開始と言っても一時からでなく十二時からだったりする。

 ぼくみたいな塾生外の場合、事前申込でお金も払ってあるから、もう本当時間ギリギリに来ても受けられるっちゃ受けられるんだけど。

 振り返る。ぼくはクレープの残りを口に突っ込んだ。

(何やってんの、もう教室入ってなきゃいけない時刻でしょ!)


 ぼくのおせっかい。知らない人なのに、こんなお世話焼いてどうすんの。

 ぼくはその人の手を引っ張り、らせん階段を駆け上がっていった。

「おにいさん高校生? だったら三階」

「う、うん」

 掲示は一度見ただけだけど、何となく覚えていた。

「間に合え!」

「わっ」

 ぼくが背中を押したから、おにいさんはつんのめりそうになる。でもドアに張られた大きな文字の学年を見て、どの部屋に入ればいいかはすぐ分かったはず。

 おにいさんは真っ直ぐその教室に向かった。

(これで大丈夫)

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