③−5 閉会式後
オレたちはマイクロバスを停めてある駐車場に向かっていた。
競技場内は参加した選手たち、その関係者、観客たちでごった返している。
優美や母さんに会えないかと思ったが、この人数の中から探し出すのは難しそうだ。
「山本先輩!」
近くでした女の子の声に、長谷川と菅野が振り返る。
それでオレも足を止めた。
「今日、お疲れ様でした。すごくかっこよかったです」
「ありがとう」
後ろを見てみると、四年の山本が花束を受け取っていた。相手は欧立の制服を着た、たぶん中学生。
「いいよなぁ、もてるやつは。うらやましい。おれだって短距離だったら……」
前が動き出したので、オレも進むことにする。
「春の総体のときは、お菓子いっぱいもらってたよな」
「そう! クッキーとかマシュマロとか、パウンドケーキとか」
菅野も十分人気あるんじゃないか。やはりトップクラスだからか。
「そういうのでよかったら、今度作ってこようか?」
これは半分冗談。男が作ったものなんて、と言われると思っていた。
「マジ? 綾瀬、お菓子作れんの? おれフルーツケーキがいいな」
菅野は女の子にもてたいのか、ただ単に食べ物のプレゼントが欲しいだけなのか。どっちだ(笑)
そのときだった。
「隆夫ちゃん」
通路の脇に、母さんと優美と五条。ここで待ってくれていたんだ。
「あ、この前の妹さん。アップルパイの」
菅野の声に反応し、優美はペコリとお辞儀をした。
「先行ってるからな。後で来いよ」と、長谷川。
「ああ」
すでに列じゃなくなってる欧立陸上部を見送って、オレは母さんたちのところに急いだ。
「来てくれるなんて。ありがとう、母さん、それに五条、優美」
はるか昔の、初等部の参観日を思い出す。
「息子の晴れ姿を見に来ない親なんていないわ」
たぶん長谷川たちの家族は来ていない。もう高校生だからだ。
でも母さんにとっては、止まっていた時が流れ始めたということかもしれない。
「結果は真ん中ぐらいだったけど」
晴れと呼べるかどうか。
「十分速かったわ。スポーツが得意なところはあの人に似たのね」
「……」
オレ自身はあまり、超人的な父さんの遺伝子は引き継いでいないんじゃないかと思っていた。
「最後の方、十人ぐらい一気に抜いたの、とてもすてきだった」
母さんの隣で優美。
「そばで見てた?」
あの声がしたとき。
優美は笑顔を見せるだけで何も言わない。
「会場内の中継テレビで見たんですよ、私も奥様も」と、五条。
「ああ」
そうだった、オレも控えのスペースで、長谷川たちの走りを見たんだった。
「隆夫様はご学友の皆様とお帰りになりますか? もし抜けられるなら、どこかでお食事でもと思ったんですが」
「車が汗臭くなるよ」
それに店側も迷惑だろう。
「みんなとバスで帰って、すぐにシャワーを浴びたい」
「じゃあ、お食事はまたの機会にしましょう。隆夫ちゃん、たまには用事がなくても帰ってきなさいね。あなたの家なんだから」
ちょっと怒った顔の母さん。
「分かりました。近いうちに」
伺いますと言いそうになって飲み込んだ。
「約束よ」
「はい」
優美と目が合う。何か言いたそうだ。
「ん?」
「今日のごはんは何がいい? 作っておくわ」
「じゃあ、ピラフとナポリタン」
主食どうしの組み合わせに少し驚いたようだったが。
「分かった。とびきりのを用意しておく」
優美には聞きたいことがあった。でもそれは、帰ってからにしよう。
乗り込んだバスの中で後方を見ると、山本の持ち物は増えていた。花以外にも、箱や紙袋。
今は他の部員と談笑している。閉会式では泣いている姿を見たから心配だったけど、もう大丈夫そうだ。
「あいつ、区間順位相当高いだろうぜ」
オレの隣の席で菅野。
「区間順位?」
「個人成績。団体じゃおれたち大したことないけどさ、個人レベルじゃ、そこそこよかったりするんだよ。たぶんおまえもな」
「いや、オレは大したことない」
それによく分からなかった。
「明日の新聞見てみろよ。おれが言うんだから間違いない」
家の近くまで来たら下ろしてもらう方式で、オレが最後の一人になった。
運転手さんとコーチに挨拶をして、オレはバスを降り、アパートに向かう。
自分だけになって、どっと疲れが出た。体と心の緊張が一気に解けたんだ。
(優美は先に帰り着いているだろう。五条が車で送ってくれると言っていた)
三階までの階段を上り、カードキーを差し込んでドアを開けると、女の子の靴がそこにあった。
「ただいま」
家の中は静かだった。普段なら優美が出迎えてくれるけど、今日はそれがない。
ふと気付く、壁に貼られたメモ。
『お風呂は今沸かしているところ。先にごはんを食べて』
台所に入ると、リクエストしていた二つの料理の他、スープとサラダがテーブルに並べられていた。作りたてという感じ。
とりあえず椅子を引いて食事を始める。
(部屋にでもいるんだろうか)
風呂の後、部屋着を着て廊下に出ると、台所に人の気配がした。
橙に染まった部屋の中、窓辺に立っていたのは黒の上下を着た男の子。ジャケットにスラックス。白いYシャツの襟元には、紐状のタイが結ばれていた。
そして前髪は、いつもの真ん中分けでなく、全部下ろしてサラサラにしている。
「今日はがんばったね、隆夫くん」
「何の真似だ」
そこにいるのは雄二だと分かっているのに、錯覚してしまう。それぐらい声を似せていたんだ。
「ご褒美」




