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市立・欧立学園あざみの小学校、三年二組がぼくのクラス。担任は林田先生という、熊みたいにでっかい、三十歳ぐらいの男の先生だ。
ぼくはここで男の子として、うまくやっているつもり。
「あんたそれ、何年の勉強してんの?」
ぼくの前、今日欠席している子の椅子に後ろ向きに座って、八芝さんが聞く。
「五年くらい? 上級生向けの参考書の、真ん中辺りだから」
「はっや。さすが皆ヶ崎くんは違うわね」
今のはちょっと嫌味入ってる。ぼくの教室の中でのあだ名は、ガリ勉。休み時間に外で遊ばず、こんな本開いてるから。
「そういう八芝さんは、今度のテストも受けるんだろ」
「絶対負けないから!」
美少女さやかさんは、拳を握りしめ、瞳の炎をめらめらと燃やした。
ぼくと八芝さんは二年の頃から、青葉クラブという学習塾が実施する模擬試験を受けている。
成績は似たり寄ったり。ぼくは上の学年の勉強をして、知識を武器にしている。対して八芝さんは、もちろん努力もしているんだろうけど、持ち前のセンスで国語はいつも満点だ。
「ぼくなんかを敵にするより、荻野真を目標にした方が、成績上がるんじゃない?」
「飛び級してなお上位にいるような子、相手にしてもしょうがないでしょ。勝てるわけがない」
「そうかな」
ぼくは荻野くんと戦ったことがないから、負ける理由も特になかった。
「あんた、荻野くんに勝つつもりなの? やめときなさいよ、打ちのめされて終わりよ」
「勝てるかもしれないじゃん、いつかは」
「同い年でも向こうの方が先に卒業するんだからね。タイムリミットまで三年もない」
「心配性だな、八芝さんは。二年以内に勝ちゃいいんだろ?」
ぼくの目を見て、彼女は驚いたようだった。
「あんたって、なんでそんなに自信過剰なの」
ふっ、とぼくは鼻で笑う。めがねのブリッジに中指をあてながら。
「出た、嫌味なインテリポーズ」だって。八芝さん、ちょっと引いてる。
「皆ヶ崎くん」
ぼくたちが話しているところへ、篠田聖子ちゃんというかわいらしい女の子がやってくる。
「これ、この前のお礼なの。もしよかったら……。みんなの給食こぼしちゃったとき、かばってくれてうれしかった」
透明な袋に入っている、プレーンクッキー十枚くらい。ハートや星、三日月など、形もいろいろ。
「大したことしてないのに。でもいただく、ありがとう」
聖子ちゃんはぽっと頬を染める。ぼくって罪作りな男だ、なんてね。
実際のところ、ぼくは床を拭いただけ。男子たちが文句を垂れ始めたとき、一言ぐらい何か言った気がするけど、それじゃ効かなくて。八芝さんたち、女子のパワーが男子を黙らせたんだ。
功績はむしろ、目の前の美人さん。
「あたし、用事あるんだった」
八芝さんは立ち上がる。ぼくはそれを止めない。
「これってひょっとして手作り?」
「うん。おいしくなかったらごめんなさい」
「おいしいに決まってるよ」
ぼくはピンクのリボンをほどき、中身を一枚、口へ入れる。
「うん、真心を感じる。聖子ちゃんて、お菓子作るのうまいね」
「本当?」
泣きそうな顔してるんだ、聖子ちゃん。
「また食べたい味だよ」
女の子だから。女の子にやさしくしたいじゃん。
水色のパーカ、COSBYの白いTシャツ、下は脚が細く見えるお子様ジーンズ。ランドセルの色は藍色(最近カラーが流行り始めた)。
この格好で家に帰り、ダイニングのテーブルにいるお母さんに「ただいま」を言って、部屋まで上がる。
この間までお兄ちゃんと一緒だった子ども部屋は、兄弟で別々になり、今はぼくだけの部屋がある。
洋服だんすを開けると、ほとんどが男の子用なんだけど、隅っこの方にそうじゃないのが少し。
黄色いちょうちょみたいな、丸襟のワンピース。わたしはそれに首を通し、同色のカチューシャを頭にはめて、姿見の前でポーズをとる。
(どこから見ても女の子、なんて)
他の人の目にはどう映るんだろう。これを着て外へは出ていかないけど。ご近所さんの間では、男の子で通ってるんだし。
そのときノックもなくドアが開いた。
「雄二、消しゴム貸して……と、ユウミさんの方か。ごめん!」
ドアはバタンと閉じられた。
小学五年生の進一お兄ちゃん。家族だから、わたしの体の事情は当然知っている。
わたしは机の引き出しから新品の事務用消しゴムを一つ取ると、廊下へ出て隣の部屋のドアをノックした。
お兄ちゃんが開けてくれる。
「はい」
わたしはにっこり笑ってそれを渡す。受け取ったお兄ちゃんは、戸惑った様子だった。お兄ちゃんにとっては、男の子の雄二の方が普通なんだ。
「サンキュ」
わたしは自室へ戻ろうとする。
「似合ってるぜ、そのひらひら」
振り返ったとき、お兄ちゃんの姿はもうなかった。
(ひらひらって、スカートのこと?)
勉強していると、ノートを何冊も使う。あざみの繁華街の文房具店、本屋では、ぼくは常連だった。ちゃんとポイントカードも持っている。
(あ……)
買い物の帰り、足を止めたのは、前方に立ち止まっている人がいたから。
中学生? 高校生かな。背は高く、制服じゃないみたいだけど、Yシャツにネクタイをしていて、下は品のいいズボンをはいていた。カジュアル系じゃないやつ。
ぼくの視線に気付くと、その人はそそくさといなくなってしまった。
(何を見てたのかな)
青葉クラブのビルの掲示板。ガラスカバーの内側に、ぼくと八芝さんが受ける模擬試験の案内が張ってある。
学年は小一から高校・予備校生まで。
(さっきの人も受けるんだろうな)
名前も知らない人だ。




