表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子様と赤ずきん  作者: かおる
2章
26/32

②−16 雄二に望むこと(2)

 屋敷の外に出て、二枚扉の前で立ち尽くした。

(オレの認識違いなのか)

 雄二のことを、そういうふうに思ったことはなかった。東京綾瀬グループに、十分貢献できる器だとは。

(オレとは違う)

 確かに成績はとてもいいどころか、どんどん上の勉強を進めていて、そのうち追い抜かされるかもしれない。

 ――あのね、綾瀬さん。ぼくさ、いつかお嫁さんになりたいの。

 その言葉を信じていたけど。

(オレより父さんや母さんの方が、雄二のことを分かっている)

 彼女は、何を望んでいるんだろう。


「隆夫くん」


 澄んだ声で名前を呼ばれた。

礼央れお

 執事服に身を包んだ幼なじみ。オレより一つ下で、まだ子どもっぽさが残るものの、仕事をしている人間の貫禄はうかがえる。

 駐車場の掃除をしていたらしい。道具を置いて、こちらに走ってきた。胸の前で金色の何かが光る。

「婚約おめでとう! って、隆夫くんに言いたかったんだ」

 笑顔の十六歳。オレのことは何とも思ってないような。

「ありがとう」

「いいお嬢様だね。隆夫くんにぴったり」

「ああ」

 オレは礼央から顔を背ける。

「そばにいてくれるんだ。オレが学校を替わると知ったとき、会えなくなることを想像して、泣いてくれた」

「愛されてるんだろうね、心の底から。安心した」

 聞きたかったのはそういう言葉じゃないし、見たかったのもその顔じゃない。

 オレを誰かに取られてつらいと思っている表情。それがほしかった。

(このに及んで、まだ未練があるのか。礼央に)

 ぼくもね、と礼央が話し出したので、そちらを向く。

 彼は胸に吊るしたペンダントのヘッド部分を握りしめていた。

「好きな人いるよ、ここに」

 写真を入れられるロケットなのか。金の鎖の先に、誰の姿があるんだろう。

(嫉妬なんて、見苦しい)

「オレの写真が入ってるんだろ」

 礼央は表情を崩さなかった。ポーカーフェイスだ、この家に勤める人間らしく。

「違うよ」

 オレを映しているその瞳が、憎らしかった。

「そうか」

 玄関ポーチの短い階段を下り、並木の車道に向かう。五条が車を出してくれると言ったが、断った。

「幸せにね」

 かつての恋人、いや、恋人だとオレが勝手に思い込んでいたやつの声を、背中で聞いた。

「礼央」

 オレは一瞬、意地悪な気分になったんだ。

 振り返り、あいつの目を真っ直ぐ見る。

「ツユクサのしおり、まだ持ってるよ。一人のとき、あれに支えられた」

 ――がんばって、隆夫くん

 押し花を留めた細い紙に、鉛筆で手書きされた文字。

 五条がアパートを去ったタイミングだったから、心に染みた。愛情を感じたんだ、たとえ勘違いであっても。

 風が吹いた。

 執事見習いは、服の袖で目元を拭う。

「……ごみが入っちゃった」



 家に帰ると、エプロン姿のユウミさんが迎えてくれた。

「おかえりなさい」

「ああ、ただいま」

 ユウミさんのアップルパイが食べたいと言ったからか。

(雄二のままでは作れないのか)

 オレは苦笑する。

「その袋は何?」

 女の子らしいピンクの花柄。取っ手付きの紙袋を、オレは提げていた。

「母さんからきみに。珍しいお茶だよ、国内では手に入らない」

「楽しみ♡」

 受け取ったユウミさんは、うれしそうに廊下を歩いていく。

「お昼はもう食べたの?」

 聞かれて、まだとオレは答えた。向こうで誘われはしたが、少しでも早く帰りたかった。

「だったらサンドイッチがあるわ」


 二人でソファに座り、ユウミさんはオレが作ったおにぎりを、オレは彼女手製のBLTサンドを味わう。

「うまい」

「隆夫さん、こういうの好きでしょ」

「よく分かったな」

 ふふ、とユウミさんは笑う。

 見た目も味も、大学前のサンドイッチ店のと似ている。長いパンに、カリカリベーコンとシャキッとレタス、種付きトマトを詰めたもの。

「結構手間かかっただろ。水分取ったりさ」

 ただはさめばできあがりじゃない。塩こしようで味をつけたり、見えない工夫がある。

「何てことないわ。ちょっとでもおいしいもの、食べてもらいたいもの」

 久枝ひさえさんの子どもだ、と思った。皆ヶ崎家での夕食会のとき、どの料理にも想いを感じた。

「このおにぎり、昆布とごまだけじゃないわね。あと何が入ってるの?」

「鶏ガラ」

 粉末は常備している。

「だからコクが……。隠し味には持ってこいだわ」

「他の具材に塩分あるから、ほんの少しな」

 人は塩気を美味いと感じるが、摂りすぎは体に悪い。

「お料理の話なら緊張しない? わたしといても」

「……たぶん」

 雄二とは別人という感覚は抜けないけど。

「そう、だったらよかった。共通の話題があれば、仲良くできそうだものね、わたしたち」

「ときどきは雄二に変わってくれよ」

適宜てきぎね」と、ユウミさんはいたずらっぽく笑う。

「そばにいてくれるだけでいいんだ。それだけでいい」

 他には何も望まない。

「隆夫さん、“まだ好きな人”いる?」

「……」

 雄二が聞いているのか、ユウミさんか。どっちにしても、気付かれていた。

「今はきみしか愛さない」

 オレが彼女を押し倒したから、温かかったりんごのパイは、冷めてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ