②−15 雄二に望むこと(1)
目覚めると腕の中にユウミさんがいた。
そういうふうに見えたんだ、何となく。
「ん、朝……?」
体を起こしたオレに気付いて、彼女も眠りから覚めたようだった。
「まだ寝てていいよ」
そのとき、バチッと彼女は目を開いて。
「おはよう、隆夫」
雄二に変わった。
「おはよう。朝食の支度ができたら呼ぶ、それまでゆっくりしてて」
オレはベッドから降り、ドアの前に立つ。
「朝ごはんならぼくが」
ばっと起き上がる雄二。
「……お嫁に来たんだし」
雄二の家では、専業主婦の久枝さんが、朝夕の食事を担っている。和義さんは仕事で忙しいらしい。
でもオレと雄二は、学生どうしだし、家事の負担は対等がいいと思っている。
「雄二は夕食担当だろ。二人で決めたことは守らないと」
肩を落とし、がっかりした様子の雄二。
「晩ごはん、期待してる。昨日のハンバーグもおいしかった」
一人で暮らしていた頃は、ごはんを朝炊いて少し食べ、残りは夜に取っておいた。
今は多めに炊いて、朝昼夕の三食分とする。
(雄二の昼用に、おにぎりでも作っておくか)
今日オレは出かける用事があった。
「いいにおい。玉子焼きはごま油を使ってるの?」
洗面所から出てきた雄二が、台所に入ってくる。
頭のてっぺんからつま先まで、どこから見ても男の子、という格好。気を遣わせて申し訳ない。
「うん、この味が好きだから」
「ぼくも好きだよ」
何か手伝うことある? と聞かれて、茶碗にごはんをよそってもらうことにした。オレはみそ汁の火を止める。
「鮭おにぎりと昆布のだったら、どっちがいい?」
「うーん、今日は昆布かな。お魚はそこにあるしね」
テーブルの上のツナサラダを見遣る雄二。
「分かった」
「こういう和朝食って、家族で旅館に泊まったとき以来だな。うちはパンとスープだったから」
雄二はおかずと主食を運び、それぞれの席の前に並べる。オレはそこへ、大根とわかめの汁物を加えた。
「オレはどっちでもいいよ。パンは嫌いじゃない」
「ぼくもどっちでもいいよ。おいしいはずだもん、隆夫と一緒なら」
雄二の笑顔はかわいすぎて。彼の性別が本当はどちらかなんて、忘れてしまうほどだった。
朝食の後、洗濯物をベランダの物干しに吊るし、オレは出かける準備をした。
「ごめんな、最後の休みなのに、一緒にいられなくて。昼過ぎには帰るよ」
「中等教育科は、日曜日お休みでしょ」
最後じゃないよ、と雄二は笑う。
「二人で過ごす、初めての日曜なのにな。申し訳ない」
「気にしないで。お母様に呼ばれたのだったら、行かないと」
「悪い」
雄二はとても物分かりがよかった。
「ほく、お掃除とかしとくね」
「風呂とトイレはオレの担当だからな。雄二は廊下と台所だけだぞ」
一応釘を刺しておかないと。一人でがんばってしまうかもしれない。
「ん」と返事。
「それと」
ちょっと言いにくかった。
「ユウミさんのアップルパイが食べたい、……なんて」
あれだけ拒絶したのに。虫が良すぎる。
「この前食べたとき、おいしかったから」
「じゃあ作っておくね!」
今のは声で、ユウミさんだと分かった。
オレは彼女にキスをする。
「行ってきます」
渡したい物があると、五条を通して母から連絡があったんだ。
呼ばれて行くのも確かだが、オレも母に伝えておきたいことがあった。
「そう、ユウミさんとはうまくやっているの」
目の前で注がれる、紅いお茶。レモンの香りがする。
「うまく……というか、向こうがどう感じているかは分かりませんが。僕は彼女といて幸せですよ。四六時中そばにいたい」
「じゃあ、二十四本のバラを贈らないとね」
知らずに花言葉を口にしたようで、照れくさかった。
はい、と差し出されるカップとソーサー。
「いただきます」
味は、雄二の好きな銘柄のものに似ている。でもベルガモットより、他の柑橘のにおいが強い。
「気付いたかしら」と、母は微笑む。
「日本ではまだ発売されていないお茶なのよ」
「え? アールグレイじゃないんですか」
「伯爵じゃなく、夫人の方なの」
グレイ夫人、とつぶやいてみた。なるほど同系統だが異なるもの、なかなかのネーミングセンスだと思った。
「ユウミさんに持って帰ってあげてちょうだい。後で袋を渡すわ」
「ありがとうございます」
呼ばれた理由はこれだったのか。
雄二はきっと喜ぶ、もらった物は大切にする子だ。今朝もベランダのダリアに、水やりをしながら話しかけていた。
「彼女のことなんですが」
オレはカップをテーブルに戻した。
「アキから聞きました、自分の秘書にしたいと」
母は微笑んで言う。
「その話は、あの人からユウミさん本人にこの前伝えたわ。うん、とは答えてくれなかったそうだけど」
「巻き込むのはやめてほしいんです。負担をかけたくない」
「……」
母は黙ってお茶を飲んだ。
「分かっています、僕が責任を果たさなかったからだと。だからというわけじゃないんですが、これから大学へ行って教員の資格が取れたら、欧立学園に就職しようと思っています。それで、那都芽おばさん――学園理事の補佐をしようと」
「隆夫ちゃん」
「……」
オレはテーブルの下で、拳を握りしめた。
今ここで逃げるわけにいかない。
「ユウミさんはね、見込みのある子どもだから声をかけたのよ。隆夫ちゃんのこととは関係ないの。だから、あなたが自分を責める必要はないわ。一族の一人として、学校経営を手伝ってくれるのはうれしいけれどね」
「でも」
それにね、と母は続ける。
「あの子はあの場でうんとは言わなかったけれど、嫌だとも言わなかったそうなの。過度の期待はしないでほしい――それだけよ、ユウミさんの言葉は」
「つまり?」
「本人の中に、全くその気がないわけじゃない」
それは、父さんと母さんの解釈違いじゃないのか。雄二は断りづらくて、曖昧な言い方をしただけかもしれない。
「まだ先のこと、今すぐ決める必要はないのよ。次のグループ会長がアキちゃんだと決定しているわけでもないしね。和馬ちゃんか、他の誰かかもしれないわ」
オレじゃないことが確定しているだけ。
「ユウミさんの成長ぶりを見て、十分だと思ったら引き入れる。あの子にその意志があるなら」




