②−14 旅立ち
「ユウちゃんはホルモン治療を受けているの、将来赤ちゃんを作るためにね。体を女性に近付ける必要があって……」
和室でお母さんが隆夫さんに話してる。わたしは外の廊下で、ちょっと立って聞いてるんだ。
今日は皆ヶ崎家の夕食に、隆夫さんが呼ばれた。その後のこと。
水音がして、トイレのドアが開く。出てきたお兄ちゃんと目が合った。
「中で一緒に聞かないのか?」
小声で。
「うん、いいの」
わたしがそばにいたら、隆夫さんが気を遣っちゃうから。
お母さんは生理の話を始めた。
「場合によっては早めに始まるかもしれないの。一応、知識と一式はあの子に与えてあるけれど、自分で対処できなさそうだったら私を呼んでちょうだい。すぐに駆けつけるわ」
「はい」
今隆夫さん、どんな顔してるんだろう。
「おまえって、ああいうの好きなの?」
わたしの横でお兄ちゃん。
「そうよ」と、わたしは微笑む。
「ふーん」
食事中、我が家の面々に囲まれて、隆夫さんは浮いていた。人の中に溶け込むことは、あまり得意じゃないのかもしれない。
「お兄ちゃんは賛成じゃない? わたしが隆夫さんと一緒に暮らすこと」
「別に反対はしねーけど、積極的に賛成したいわけじゃない。なんか、何考えてるかよく分かんねーし。弱っちそうだし」
「自分から話そうとする人じゃないわね」
気を許した相手以外には。
「おまえといるときは、あんなじゃないのか?」
「とってもやさしくて、すてきな人よ」
雄二とユウミじゃ、接し方がまるで違うけど。それは慣れるまでは仕方がない。
「そうか」
何となく納得はしていない――そういう顔だった、お兄ちゃんは。
両親との面談が済んだのは、夜の八時を回った頃。
「泊まっていけばいいのに」
自転車をついた彼のそばで、わたしは言った。
「うん……」
曇った表情。最後の夜は一人でいたいのかもしれない。
「後悔してる? 女の子と一緒に暮らすつもりなんてなかったでしょ」
「それは」
隆夫さんの顔に感情が灯る。
「……いや、何でもない」
キスしていい? と、わたしがたずねた。
「え」
ここにいるのが雄二なら、そんな戸惑いはなかっただろうに。
「……」
隆夫さんは少し考えてから、愛車を自立させる。
身を低くして、わたしの唇に自分のをつけた。
「好きよ、隆夫さん」
「オレはきみのことを……」
終わりまで言うことは、彼には難しいみたい。
「ごめん」
スタンドを足で蹴って、隆夫さんは一文字にまたがった。
「明日、迎えにくるよ」
走り始めた彼の後ろ姿に、わたしは男の子の声で。
「待ってるから」
急ブレーキの音が暗い住宅街に響く。その次はガシャン。
「雄二!」
駆けてきた隆夫さんは、わたしに抱きついた。
「ごめん、オレ、雄二がいいんだ……ホントごめん」
しがみついている彼の頭を、わたしはそっと撫でる。
少しだけ涙が流れた。
心はユウミなんだけど。
隆夫に元気でいてほしいから、ぼくが出てきたんだ。
「いいか、隆夫くん、くれぐれも……」
「はい!」
お父さんに釘を刺された高校生は、明るい顔で返事をした。
「お約束は必ず守ります」
全然違うんだな、とそれを見てお兄ちゃん。お母さんは今、引っ越しの業者さんと簡単な打ち合わせをしてる。
「雄二」
お兄ちゃんはぼくの方を向いた。
「いつでも帰ってきていいんだからな、おまえの家はここなんだ」
「うん。お兄ちゃんも受験、がんばって」
「弟に言われても、全然うれしくないんだけど」
眉なんて寄せて。わがまま言わないで。
「ユウちゃん、そろそろ」
「分かった」
お母さんは、トラックの前に停めてあるピンクの軽に乗り込んだ。
ぼくは隆夫と手をつなぎ、お互い見つめ合って微笑む。
「それじゃお父さん、お兄ちゃん、またね」
「雄二くんをいただきます」
うちから運んだのは、勉強机とベッド、本棚、洋服だんす。
これらを畳の部屋に設置し、段ボール箱の衣類や小物を移して、作業は完了。
お昼はお母さんと三人で、引っ越しそばを食べた。
ふたりになった後で、隆夫はぼくのベッドの上にいる。服を着てるぼくを見下ろして。
「ぼくのこと、抱きたい?」
「抱きたい。お義父さんと約束したけど」
だめだよって、ぼくは言わない。隆夫に自分で我慢してもらわなきゃいけないから。
「好きなんだ、雄二のことが」
「うん、分かってる」
ユウミじゃなくてぼくのことが。
「今はまだ、体が小さいから、何年か先まで待っててほしいんだけど。待てる?」
ぼくが服を脱げば――女の子の体を見てしまったら、あなたは夢を見られなくなる。
「待つよ、雄二のことが大切だから」
「そう。うれしい」
ぼくは身を起こして、好きな人に抱きつき、キスをした。
「愛してる」




