②−13 お呼ばれ(3)
お話の後、わたしは五条さんに案内してもらって、再び玄関に向かう。
お兄ちゃんは今、外にいるそう。お庭の散策でもしているのかな。
「大丈夫ですか?」
わたしが抱えた鉢植えを見て、五条さんは言う。
「大丈夫、持ちやすいように包んでくれているし。お義父様にいただいた物は、自分で持っていたいの」
優美さんへと書かれたカード付き。大事に思ってくれているのだ、わたしのことを。
(将来どうするかなんて、今は分からないし、アキさんのご意志を確認した上じゃないと決められない。でも、わたしは彼女のことが嫌いじゃない)
お義父様の提案は、頭の片隅に置いておこうと思う。
ポーチに出ると、朝乗ってきたタクシーがそばで待機していた。
「おーい」
遠くからの声。お兄ちゃんだ。大人の人と一緒にこちらへ駆けてくる。
わたしの前で立ち止まり、進一お兄ちゃんは呼吸を整えた。
「あれに乗ったんだ。すっげー景色よかった、最高!」
お兄ちゃんが親指でさした先には、西の空を隠す巨大な観覧車。
「まるで遊園地ね」
「子どもの頃、隆夫くんはよく乗ってたんですよ」
わたしに話しかけてきたのは、五条さんと似たような服装のおにいさんだった。
お勤めをしていることは確実だけど、二十歳前? もっと下?
「彼は隆夫様の幼なじみなんですよ」
わたしの後ろにいた、五条さんが教えてくれた。
「申し遅れました、谷口礼央といいます。執事見習いをやっています」
かわいい人だと思った、中性的で。
そのとき玄関の扉が突然開く。
「よかった、間に合ったわ」
少し慌てた様子。わたしたちを追いかけてきてくれたのだろうか。
「あなたがユウミさんね。そっちが進一くん」
ふんわりした、長いワンピースを着ている女性。首から手作りらしい、木彫りのペンダントを提げていた。
「はい」
わたしとお兄ちゃんは、同時に返事をした。
「初めまして。隆夫の母の、綾瀬美也子です。会いたかったの、あなたたちに」
わたしは“お嬢様の挨拶”をしようと構えた。
「いいのよ、そんなに気を遣わなくて。わたしたちはもう、家族なんだから」
「お義母様」
美也子様はにっこり笑う。
「進一くん」
「はい」
お義母様はお兄ちゃんの手に、何かを握らせた。
「湯島のお守り。来年、受験でしょ。持っててほしいの」
「ありがとうございます!」
お兄ちゃんはうれしそうだった。
帰りの車の中。ひっくり返らないよう鉢植えを抱えたまま、わたしは少し考え事をしていた。
――気の弱いところもあるのだけど。あの子のことをよろしくね、ユウミさん。
お義母様はわたしに好意的。
お義父様も、たぬきが入っているけど悪い人ではない。
それより……。
――子どもの頃、隆夫くんはよく乗ってたんですよ。
わたし、この人のこと知ってる。
会うのは今日が初めて。でも、彼の存在は前から知っていた。
隆夫さんの勉強机の上、ガラスケースに入れられた押し花のしおりには、『がんばって、隆夫くん』と手書きされていた。
呼び方が同じ。それに、幼なじみらしい。
たぶんこの執事見習いの人が、しおりを隆夫さんにあげたんだ。
隆夫さんにとって彼は、大切なお友達? もしくはそれ以上。
(胸がざわざわする……)
「なぁ、このお守りってさ」
ふと、隣のお兄ちゃんが話し始めた。わたしは現実に戻る。
「うん」
「いつ買ったんだろうな」
お兄ちゃんの意図が、すぐ分からなかった。
「おれが付き添いで来ることをさ、向こうは知らなかったはずたろ。朝決めたことだし」
「そう、ね」
呼び出しの連絡があったのは昨日だ。その時点では、わたしは一人でお屋敷を訪ねることになっていた。
「雄二にだけプレゼントがあって、おれにはないじゃかわいそう――だからくれたんだと思う、このお守り」
「わたしと会長さんとのお話は、一時間ぐらいだったかしら。その間に買いに行ってくれたとか」
「間に合わない」
「じゃあ、予め用意してた」
「おれ以外の誰かのために」
ここへ来て、お兄ちゃんが言わんとすることが分かった気がする。
「要するに、おれは誰かのお守りを取っちゃったことになる」
心当たりは一応あった。
お兄ちゃんと隆夫さんは、受験の時期が近い。これから一年の間に、がんばって勉強してもらいたいと、美也子様は隆夫さんのために買ってきたか買いに行かせたか。
「お義母様は、そのお守りをお兄ちゃんにくれたのよ。合格してほしいから。事実はそれだけ」
「でもさ」とお兄ちゃんは食い下がる。
「仮によ、誰か他の人のために用意していた物だったとして。それでも美也子様は、お兄ちゃんにあげると決めたの。後悔なんてしてるはずない」
あのとき、慌てた様子で外に出てきたのだ。どうしても渡したかったことは疑いようがない。
「……」
それでもお兄ちゃんは、悩ましい表情のまま。
「お兄ちゃんにできることは、志望の中学校に合格すること。それに尽きる、悩んだりしないで」
「それだけでいいのか?」
だけって言えるほど、簡単じゃない。海峰中は名門、人気のある学校だ。
「合格したら、美也子様に報告するの、お守りが効いたって。きっと喜んでくれるわ、だって家族なんだから」
お兄ちゃんの心に、美也子様の温かい気持ちが届いたのは、顔を見れば明らかだった。




