②−11 お呼ばれ(1)
今日はわたしがお呼ばれしたの。会長さんが、わたしの顔を見たいって。
平日だから、お父さんは仕事。わたしは一人で行くつもりだったけど、創立記念日で学校がお休みのお兄ちゃんが、付き添ってくれることになった。
「二人とも、粗相のないようにね」
家の前で見送ってくれるお母さん。
「努力するわ」
「おれも」
わたしとお兄ちゃんを乗せたタクシーは、少し遠い町を目指した。
目的地は東の方にあるのだけど、車はまず南へ進む。
住宅街を抜け、秋ノ川の支流にかかった大橋を渡ると、お隣の水穂市に入る。ここには企業街があり、超はつかないけど高層のビルが並んでいる。
「これ、綾瀬の貿易会社だろ。知ってるぜ」
ちょっと得意そうに笑う進一お兄ちゃん。
「そうね。お母さんがいつも飲んでるお茶の輸入者」
ビビってないのか? お兄ちゃんがたずねた。
「ユウミはこういうとき落ち着いてるの。雄二ならどうか分からないけど」
わたしと“彼”は思考回路が違う。魂は一つでも、人格は別なの。将来の夢だって。
「ん、おまえ、化粧してんの?」
お兄ちゃんはわたしの顔を覗きこんだ。
「少しね。お母さんにおしろいと口紅を塗ってもらったの。この方が映えるから」
着ているのはお姫様ドレス。ギャザーたっぷり、広がるスカートの裾には、かわいらしいレースがついてる。花柄の服とおそろいの、カチューシャを頭にはめて。
「なぁ、おまえっておれより年上? もう六年の勉強してんだろ」
「お兄ちゃんだって、小学校のお勉強は全部頭に入っているでしょ。その上で応用力をつけるために、塾に通ってる。お兄ちゃんとわたしじゃ、やってることが全然違うわよ」
「そう……かな」
それからしばらく、兄は口を閉じていた。わたしも話しかけることをしなかった。
車はいつの間にか大きい道に入っている。太陽の位置から、東に向かっていると分かった。
「結婚するって、どんな気持ちだ」
わたしたちの前には運転手さんもいるのに。まあ、聞いてない振りはしてくれるでしょう。
「書類上のことはずっと先の話よ。今は一緒に暮らすだけ。でも、そうね、とっても幸せな気持ちだわ。だって好きな人と四六時中一緒にいられるんだもの」
実際には、隆夫さんは昼間、学校に通うのだけど。お休みの日なら、文字通り一日中そばにいられる。
「おまえはすごいな。おれだって好きな子ぐらいいるけどさ、相手にしてもらえないし。狙ってるやつ多くて、おれに勝ち目なんてない」
「美人なの?」
わたしはたずねた。
「うん、すっげーかわいい子。芸能人に負けねーぐらい」
「そうなんだ」
残念ながら、わたしは五年生の先輩たちの情報を持ち合わせていない。もうあざみの小の生徒でもないしね。
「告白はしないの?」
「振られるだけだって分かってんのに?」
「……」
何と言っていいか分からなかった。
わたしは小さく息を吐く。
「きっと現れるわよ、お兄ちゃんにとってのいい人が。いつかね」
「気休めサンキュウ」
わたしは窓の外を眺めた。何かの工場なのか、煙突がたくさん。
「おまえは絶対離すなよ、おまえにとってのいい人をさ」
お兄ちゃんの方を向いて、にこっと笑う。
わたしの胸元では、鎖に通したエメラルドの指輪が、日の光を受けて輝いていた。
「すげー、何ここ。家じゃねー」
門をくぐってから数分、車は両側に並木の植えられた道を徐行している。だんだんお屋敷が近づいてきた。洋館なんて初めて。
停車した後、運転手さんは前を回って後部座席・左側のドアを開ける。まず先にお兄ちゃんが降りた。それからわたし。
「お忘れ物などはございませんか」
「大丈夫よ。どうもありがとう」
静かに礼をして、彼は車とともに姿を消す。
お代は、今回も綾瀬さん持ち。
「ようこそおいで下さいました、ユウミお嬢様、進一様」
一目でこの家の執事と分かる――品のいい黒の上下、メノウの留め具で押さえたループタイ、厳かな雰囲気。
確か名前は五条さん。お父さんに聞いた。
「お招きに預りまして」
わたしはスカートの両端を軽くつまんで、挨拶する。お兄ちゃんも、ぺこりと頭を下げた。
「旦那様が中でお待ちです。ご案内いたします」
わたしたちは五条さんに付いて、屋根のある玄関の階段を上がった。
ふと、わたしは足を止め振り返る。
呼ばれたわけじゃないの。でも、明らかに存在を主張してる――そこにある木々が、草花が。
「空気が違うわ、においも」
「あずまやの向こうに花壇があります。どの季節でも奥様のお部屋に飾れるよう、様々な物を植えておりますよ。この奥にハーブの茶畑、こちらの林にはコナラやマツ、カエデなど。確かに、街中とは違った空気を醸し出しています」
五条さんが、やや自慢げに説明してくれた。
「すてきなお庭ですね」
「気に入っていただけたら、旦那様も奥様もお喜びになるでしょう」
初老の紳士は、うれしそうだった。




