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王子様と赤ずきん  作者: かおる
2章
19/31

②−9 アップルパイ効果

 昨夜はよく眠れなかった。

 隆夫さんは雄二のことは好きだけど、ユウミは恐怖の対象らしい。

『女の子は嫌い?』

『……嫌いってわけじゃないけど。小さい頃のトラウマ――ひどく拒絶された経験が、女の子への恐怖を生み出す。きみのことも怖いよ、正直言って』

 過去に何があったかは分からないし、聞こうとして傷をえぐるのもよくない。

 できることは……。

 ――胃袋つかんじゃえば、男なんてこっちのもんよ。

 何かのドラマで登場人物がそう言っていた。

(それほど単純じゃないわ。相手はプロの家政夫さんだしね)

 でも、何もしないわけにいかない!


 突然だけど、我が家の間取りを説明する。たぶんちょっと個性的。

 二階はわたしの部屋、お兄ちゃんの部屋があるだけで、ほとんどが一階に集まっている。

 階段を下りてくるとダイニング。こことつながってるリビングと合わせて、吹き抜けになってるんだ。

 リビングを前にして、畳敷きの本棚の部屋がある。お父さんのお仕事関係、趣味の本が多いけど、お母さんのお料理・インテリアの雑誌もあるし、わたしやお兄ちゃんが小さい頃読んでいた絵本もまだ残っている。

 ここだけちょっと高くなっていて(おばあちゃんの縁側ぐらいの高さ)、畳の端っこに腰かけて、他の部屋を眺められるのよね。リビング側、キッチン側には壁がない。

 今わたしはお母さんに手伝ってもらって、りんごのお菓子を作っている。お兄ちゃんは真上の部屋で勉強中。お父さんは、緑茶片手に今日の新聞を読んでいた。

「あなた、出てくださる?」

 階段下の電話が鳴り出したけど、お母さんもわたしも手が離せない。

 お父さんは畳から下りて、フローリングの上を歩き、テレビ横の子機を取った。

「もしもし、皆ヶ崎ですが」


 調布に行ってくる、と言えば誰を訪ねていくのかはっきり分かる。

 夏用のジャケットを着て身なりを整えたお父さんは、外に停まったタクシーに乗って出かけた。車はあちらが手配したそう。

「あの件かしらね」と、お母さん。

「帰ってきたらくわしい話を聞きましょう」

「うん」

 わたしも外出の準備はできた。

「行ってきます」



 昨日の今日だから、迷ったんだけど。

 基本、ユウミで行くことにした。男の子用の綿パンじゃなく、かわいらしいキュロット。でも半ズボンに見えないこともない。

 雄二はいつも、度のきつい銀縁めがねをかけているけど、わたしはフレームなしの伊達めがねをコンタクトの上に。

 居室の前で一度深呼吸して、呼び鈴のボタンを押した。

 少ししてドアが開く。

「今日は雄……」

 見た目でどっちか分からなかった隆夫さんは、そこで言葉を止めた。

 わたしは透明な袋に入れた四角い箱を彼に差し出す。

「アップルパイを持ってきたの。よかったら食べて」


 今日は涼しいからと、隆夫さんはホットの紅茶を淹れてくれた。

「アイスの方がよかった?」

「ううん。わたしもこっちの気分だったから、ちょうどいいわ」

 Tシャツの上にはベストを着てきた。気温は日によるけれど、だんだんと秋らしくなっている。

「昨日はごめん。またきみを襲いかけた」

「……」

 正確にはわたしじゃなく雄二の方。

「わたしこそ、混乱させるような話をして」

「嫌いじゃないんだよ、きみのこと。雄二だしね。でも普通に接することができるようになるには、時間がかかる」

「ええ、分かってるわ」

 今わたしと隆夫さんの間には、明らかな距離がある。普段このソファに座るとき、雄二とならくっついている。

「アップルパイ、いただくよ」

 白いお皿に載った六分の一切れ。隆夫さんはフォークで切って、口に入れる。

 吟味するように時間をかけてから、感想をくれた。

「よく焼けてる。味も甘すぎなくてオレ好み」

「よかった」

 ほんの一言でもいい。反応してくれれば、こちらも作りがいがあるというもの。

「紅茶もおいしいわ。アールグレイ、好きなの」

「知ってる」

 隆夫さんは、わたしのために微笑んでくれた。

「一つ聞こうと思ってたんだけど」

「ええ」

「なんで男の振りなんか。きみはかわいい女の子なのに」

 わたしはカップとソーサをテーブルに戻した。

(体の話はまだしていない。昨日は性別のことしか)

 家族以外で知っているのは八芝さんだけ。他の誰にも知られたくなくて。

「あの雨の日に、パンツの上からさわったでしょう。そのとき何の違和感もなかった。違う?」

「あ……」

 思い出したようね。

「じゃあきみはおと――」

「女の子なの」

 わたしは隆夫さんの言葉を遮った。

 恥ずかしいことだから、わたしの顔面は紅潮している。

「女の子だけど、そこが肥大化して、男の子みたいに見えるのよ。でも両側に精巣はないし、体の中には子宮と卵巣があるの。だから、体の性別は女性。お父さんが、幼稚園でいじめられないようにって、わたしを男の子にしたの」

「……」

 それからしばらく、隆夫さんは黙っていた。ショックで言えることが何もなかったのかもしれない。

「隆夫さん、初恋は男の子だった?」

「……うん」

「じゃあ女の子は、好きになれないかもね」

「そんなことは」

 少し感情のこもった声だった。

 わたしは彼を見上げる。

「大人になって、わたしを抱けるかしら」

 試すつもりはないけど、わたしは笑っていた。

「好きなら、抱ける」

「好きになれると思うの? わたしを」

 意地悪だったかもしれない、今の言い方は。

「見くびるなよ。男だから好きになったわけじゃない。きみを、愛してるんだ」

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