②−8 本当のこと
※注意が必要な回です。特に最後の方。
排出されたテレホンカードを財布にしまい、わたしは電話ボックスを出た。
念のためアキさんに確認したんだ、彼女も、隆夫さんのご両親も、わたしのことを彼に話していないか。
アキさんは約束通り話さないでくれているし、二人にもちゃんと口止めしてあると。
(さて、覚悟を決めないと)
本当のことを話して、彼が受け入れてくれる保証はどこにもないんだ。最悪、雄二との関係は今日で終わる。
土曜の午後、わたしは隆夫さんのアパートの呼び鈴を鳴らした。
すぐにドアが開く。
「どうしたの、今日はカードキー忘れた?」
そこで彼の顔は固まる。
「えっと……?」
「皆ヶ崎ユウミです。お邪魔していいかしら?」
いつものTシャツ&短パンじゃなく、ライトグリーンのサマードレスを着てきたんだ。めがねも外して。
「どうぞ」
戸惑った様子で、彼はわたしを通してくれた。
リビング兼台所。わたしは真っ直ぐソファに向かう。対面キッチンでは、隆夫さんが飲み物の用意をし始めた。
「ミルクティーでよかった?」
「ええ、結構よ」
氷の入ったグラスに、隆夫さんはストレートの熱い紅茶を注ぐ。それからミルクを入れて、マドラーで十分かきまぜ、わたしのところへ持ってきた。
「ありがとう」
わたしは微笑む。
「五年生のお兄さんがいるとは聞いてたけど。きみは雄二の、双子のお姉さんか妹?」
雄二に見せる柔らかい笑顔でなく、警戒心が強い、緊張した表情。わたしと雄二を完全に別人だと思っている。
ぼくはブリッジが来る位置に、左手の三本目をあてた。
「ぼくだよ、綾瀬さん」
雄二の声で。
「なぁんだ、雄二か。びっくりした、何でそんな格好してるんだよ」
隆夫さんはトレイを置き、わたしの隣に座る。
「本当のことを話そうと思って」
わたしはもう一度、声を切り替えた。
「本当のこと?」
また、こわばった表情。
「まさか実は女の子なんて」
隆夫さんはわたしから顔を背け、冗談のように笑った。
「そのまさかなのよ」
えっ、とかそんな声もなかった。隆夫さんが今どんな感情を持っているか、わたしの位置からは確認できない。
「お嫁さんて言ってたのは、そういう意味?」
「ええ」
わたしはストローに口をつける。少し苦い。
「そうか……」
笑いながら落胆している声。
「何の事情もなく自由科に来ないよな。そういうことか」
それからしばらく、わたしたちは黙っていた。
氷だけになったグラスを、そっと前のテーブルに戻す。布のコースターが、じんわり濡れていく。
「もっと早い段階で教えてほしかったけど」
「仲良くなる前なら、話せなかったわ。お友達でいたいもの」
「そりゃそうだけど」
隆夫さんはいつかみたいに、ずっと壁を向いたまま。わたしの方を見たくないのね。
「女の子は嫌い?」
この反応を見れば。
「……嫌いってわけじゃないけど。小さい頃のトラウマ――ひどく拒絶された経験が、女の子への恐怖を生み出す。きみのことも怖いよ、正直言って」
自習室で、隆夫さんと同じテーブルにいた春香ちゃんという子のことは、友達と思っていたのか、普通の態度だった。こんなふうじゃなく。
「男の子だったらよかった?」
その問いに隆夫さんは答えない。答えようがないのか。うん、なんて言える人じゃないもの、やさしすぎて。
「今日は帰ってくれるか、来たばかりのところ申し訳ないけど。混乱してて」
声が疲れてる。
わたしは立ち上がった。
「じゃあ、帰るわね。突然こんな話してごめんなさい」
もう二度と会えないのかもしれない。
ある意味、このタイミングでよかったのかも。隆夫さんは学校が替わるし、わたしは自由科のままで。
「さよなら」
わたしは廊下に出ようとした。
「雄二に会いたい」
投げ捨てるような本音。それが彼の本心。
「綾瀬さん、ちょっと服貸して」
「えっ」
雄二の声でそう言い、わたしは彼の勉強部屋へ駆け込んだ。
クローゼットを開ければ、真っ白なYシャツが並んでる。その中の一つを借りることにした。
「じゃーん」
あの雨の日と同じ、ワンピースみたいな長い丈の白シャツを着ているぼく。度の入ってない、偽物のめがねを持ってきてよかった。
「雄二」
ぼくは床に押し倒され、顔や首、腕にも、キスされた。
綾瀬さんは真顔で、ぼくはこのまま最後までされるんじゃないかと思った。怖いけど、覚悟を決める。だってこの人をここまで追いつめたのは、間違いなく自分だから。
でも結局、ぼくは服を脱がされたりしなかった。
「……ごめん、怖かったよね」
綾瀬さんはぼくから離れ、近くに腰を下ろした。
ぼくもゆっくり体を起こす。
「好きなんだ、雄二のことが。どうしようもなく」




