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王子様と赤ずきん  作者: かおる
2章
17/32

②−7

 綾瀬さんが本校の中等教育科に移籍することになっても、ぼくは所属を替えることができない。

 自由科じゃなきゃ、ぼくはいられないから。

 九月半ば、休み前と同じ図書室兼自習室で、ぼくは一人で勉強していた。

 廊下では綾瀬さんが、仲良くしていた年下の子たちに、手作りのお菓子を渡している。

 気付いたけどぼくはそこへ行かなかった。


「もう帰るの?」

 校舎を出て門に向かっているとき、ここを去る人にそう言われた。

「一時間は勉強したから十分でしょ」

「それもそうか」

 くすっと綾瀬さんは笑った。

 そして見上げる、何年か過ごした建物を。「お世話になりました」とひとりごちて。


 当たり前のように手をつないで、ほくらは駅の方へと歩いた。

 大学の前を通り過ぎると、来月から綾瀬さんが通うことになっている学校がある。

「制服はもう買ったの? 確かブレザーにネクタイだったよね」

 行き帰りの生徒の姿を、何度か見たことはあった。

「注文した。月末までには届くって」

「きっと似合うよ。ネクタイしてる綾瀬さん、かっこいいもの」

 今着てるそれも。

「ありがとう」と、自由科の卒業生は笑う。

「なかなか会えなくなっちゃうね」

 言っても仕方のないことだけど。

 会えなくなれば、お互いの気持ちも冷めてしまうかもしれない。結婚の約束なんて、いつか笑い話になったりして。

「そのことなんだけどさ、雄二」

 綾瀬さんは歩道の途中で足を止めた。

「一緒に暮らさないか」

「えっ」

 びっくりして心臓が止まりそうになった。

「離れたくないから」

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッと鼓動を自分で感じる。冗談じゃなく本気で、すこく大事なことを綾瀬さんは言ってるんだ。

 ぼくはまだ九歳で、小学校も卒業していない。

 でも――

「うん!」

 一緒にいる時間が、どうしてもほしかったんだ。



 何かの冗談だろう、とお父さんは笑った。

「戦国時代じゃあるまいし」

 ここは和室で、ぼくは座卓をはさんで向かい側にいる両親に、綾瀬さんと一緒に暮らすことを伝えたんだ。

「今後のことをレポート用紙にまとめたんだ。見てくれる?」

 あの後、彼の家で、二人で話しながら書いた。

 来年度、綾瀬さんは大学を受ける。家事は基本的に二人でするけど、受験が終わるまではぼくがメイン担当。

 その二年後はぼくが中学校を受けるから、綾瀬さんがメインで家事をする。

(ぼくが受けるつもりのところはそう難しくないから、両立できると言ったんだけどね。綾瀬さんが引かなかった)

「まあ、月々の生活費のことまできちんと書いてあるのね。分かりやすいわ」

 お母さんが感心する。

「バイトで貯めた金がこれだけあるとは。ひょっとして所得税を払ってるのか」

 眉をひそめるお父さん。

「お給料の出る大学に行くつもりなのね。いろいろ考えていること」

「しかしなぁ」

 顔を上げたお父さんは、ぼくの目を真っ直ぐ見て、「却下だ」と言った。

「なぜならおまえは小学生だからだ。ちょっとませてるとしてもな」

「どうしてもだめ?」

「常識で考えれば、だめなことはおまえにも分かるだろう?」

 ぼくは視線の先を隣の人に移した。

「お母さんはどう思うの?」

「そうね。相手のご両親のお返事次第かしら」

 久枝ひさえ、とお父さんがたしなめるような声を出す。

「私は悪い話ではないと思うの。ユウちゃんは九歳だけど、実際は十二歳ぐらいの思考力はあるでしょ。お料理もできるし、外へ出して困ることはないわ」

「そういう問題じゃない」と、重い声でお父さん。

「いいか? 雄二はまだ小学生なんだぞ。何かあったらどうする」

「ユウちゃんは覚悟はできてるのよね?」

 真顔のお母さん。

「そういうことは、二人とも大人になるまでしないって、約束した」

 親が一番心配するのはここだ。分かってる。

「そう」

「だから許されるわけじゃないぞ。常識で考えろ」

 正しい軌道に戻そうとするお父さん。

「タイミングの話じゃなく、チャンスをつかむか逃すか――そういう話だとしたら?」

 ぼくはめがねのブリッジに中指をあてる。

「ユウミは普通の結婚は難しいよね。一般的な人は、あれを見て女の子と思わない――だからぼくを男の子として育ててるんでしょ、お父さん」

 一瞬揺らいだ表情を見せる。

「それとこれとは話が別だ」

 だめか。

「いい縁談は、あるときに成立させなければ、後悔することになるかもしれないわ」

 お母さんはぼくの味方。最初から分かってたけど。

「じゃあおまえは、彼を騙して一緒に生活するつもりなのか? まだ話してないんだろう、隆夫くんには」

「じゃあ、本当のことを伝えて、受け入れてくれたら、一緒に暮らす許可をくれる?」

「向こうの親が反対するに決まっている、常識人ならば」

 お父さんは腕組みをした。ブレずにいようと必死な感じ。

「あのねお父さん。人って一緒にいるから一緒にいられるんだよ。それだけもろい、ぼくらの関係は。だから、守りたいんだ」

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