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王子様と赤ずきん  作者: かおる
2章
16/31

②−6

 外の階段を駆け上がってきた綾瀬さんは、ぼくがいる台所まで入ってきて、息を切らしながら「合格した」と言ったんだ。

 それはきっと修了試験、あるいは何かの資格試験のことかと。

 前に一度入らせてもらった彼の部屋には、額入りの修了証書(中学一年)が掛けられている。思い入れの大きい試験なんだろうと。

「おめでとう。何年の試験に受かったの?」

「五年」

 違和感はあった。中一を修了している人が、小五の試験を受けるとは考えにくい。

「落ちたら恥ずかしいからって、黙ってたけど。合格したから言うな。中等教育科、五年次編入を受けてたんだ。来月からそこに通うことになる」

「え……」

 それは全く想定外だよ。

 五年次編入? 来月から? じゃあ、ぼくが自由科に来た意味って何。

「雄二」

 ぼろっと涙が出たんだ。綾瀬さんが初めて下の名前で呼んでくれた、そのことを喜ぶのも無理だった。

「どうして……だってぼくは、ぼくは……」

 気持ちが言葉にならず、ただ目からあふれてくる。

 わぁって、幼稚園の子みたいに声を上げて泣いてしまったんだ。全然ぼくらしくない。

「一緒にいたかったのに、綾瀬さんと。ずっと一緒にいられると思ってた」

「雄二」

 ぼくが座ってる椅子の後ろから、綾瀬さんは抱きしめてくれる。

「内緒にしててごめん。でも、きみと一緒にいるためなんだよ」



 泣き止んだぼくと、綾瀬さんは、テレビの前のソファに並んで座った。

 ぼくたちは手をつないでいる。ぼくが離したくなくて。

「ごめん、取り乱しちゃって」

「いいよ。皆ヶ崎くんもあんなふうに泣くことがあるんだね。ちょっと安心した、いつも大人みたいだから」

 綾瀬さんはちょっと笑う。

「順番に話すな。オレは今十七歳で、自由科にはあと一年半しかいられない。当然その後のことを、考えておく必要がある」

 ぼくは右の手に力を込めた。

(そうなんだ、今回の合格がなかったとしても、綾瀬さんはいつか自由科を出ていく。それは避けられない事実)

 綾瀬さんは一瞬、ぼくの方を見た。

「オレは、将来どんな仕事に就こうか考えたとき、真っ先に教員を思い浮かべたんだ。年下の子たちの相手するの、好きだし。それは自分が子どもっぽいということでもあるんだけど。人に何か教えることで、人と関わっていく――そういう生き方したいと思った」

「向いてるんじゃないかな、そのお仕事」

 普段の様子を見ている限りでは。自習室にいても、体育の授業中も、先生みたいな役割果たしてる、綾瀬さん。

「実際はどうか分からない。自由科の子たちはみんな素直だし、問題のない子が多い。普通の学校の子どもは、オレよりずっと年上で、オレのことなんか必要としないかもしれない」

 アキさんが彼のことを弟のようなものと言っていたのと重なる。

 精神年齢なんて素人には測れない。ただ、綾瀬さんはそこらへんのことにコンプレックスがあるみたいなのは分かった。

「でも、決めたんだ。教員になってもう一度学校に戻ろうって。ばかにされることもあるかもしれないけど、それでもみんなに向き合いたい。だから、大学に行く必要がある。教員養成課程のある大学に」

「具体的には決めてるの?」

 もし市外に行くんだったら、住むところもこことは限らない。

「欧立学園大だよ。あそこは在学中に給料も出るし、何より雄二のそばにいられるから」

 ぼくはちょっと顔がほてるのを感じた。そんなふうに言ってくれるなんてうれしい。

「お給料が出るって?」

 ぼくは大学のことはあまり詳しくない。

「附属の塾や、市内の学校で実習がてら授業を受け持つんだ。それなりの額、もらえるらしいよ」

「そうなんだ」

 そう言えば八芝さんに聞いたことあったっけ。青葉クラブは大学生の先生が結構いるって。

「それで――大学に入る前に、普通の学校に慣れておきたい。みんなの中にいることって、ホント久しぶりだから。練習しておきたい」

 何となく分かる、ぼくも自由科では綾瀬さん以外とほとんど口を聞かないから。不安になるよね、普通の世界に戻るとき。

 ぼくはソファの上にひざをついて、綾瀬さんに抱きつき、キスをした。

「分かった、応援する」

 今度は綾瀬さんの方から口づけをくれた。

「でも、就職しようと思ったのは、きみをお嫁さんにするため。二人で生きていかなきゃいけないからね」

 ぼくのことちゃんと考えてくれてる、ずっと先のことまで。

 安心した。

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