表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子様と赤ずきん  作者: かおる
2章
15/32

②−5

 ――もしかして隆夫が何者か知らない?

 アキさんにそう言われて、その場ではわたしは聞くことをしなかったけど、気にはなっていた。

 ――商家の生まれなら、ある程度価値観を共有できる。

 一度も考えなかったわけじゃない、その名字から。

 綾瀬はこのまちの所有者の名前。わたしたちは人の土地に家を建て、税という名目で賃借料を払っている。

 キッチンにある冷蔵庫も、電子レンジもポットも食器乾燥機も。それにオーディオ、ビデオデッキ、エアコン、洗濯機……。我が家の家電は基本、東綾製だ。

 お母さんが好きな紅茶は、綾瀬さんの会社が輸入したもの。わたしのお小遣いを貯めている口座も、東京綾瀬銀行。

(あの“綾瀬”さんなのか)

 昨日の夜、庭でたばこを吸っていたお父さんに確かめた。

「わたしが今お付き合いしてる人が誰か、知ってる?」

「名前を聞いてるんじゃなければ――いわゆる御曹司ってやつだ、彼は」

 大物に手を出したな、とお父さんは笑っていた。


 そのお父さんは今日、東京綾瀬グループ会長の綾瀬あやせ貴司たかしさんに呼ばれて(執事を通して)、高級住宅街にある邸宅を訪れた。

 東の大窓から光が差す、背の高い本棚の並ぶ広い空間。その応接セットで、大島紬の羽織と着物を着た男性自らが、お茶を振る舞ってくれたそう。

「何というかな、たたずまいが違うんだ。この人の言うことには逆らえない――強権的じゃなく黙って人を従わせる、穏やかさの中の恐ろしさ」

「そう」

 よく分からないけど。

 わたしは今、あざみの繁華街にある夜景の見えるレストランで、お父さんと食事をしている。少しおめかしをして、空色ワンピースと同色のカチューシャ。めがねは外してコンタクト。

 お父さんはビフテキを頬張り、わたしは付け合わせのマッシュポテトをいただいた。

「それで何か言われたの?」

 わざわざ呼び出されたということは。

「よろしく、とのことだ。友人として付き合うにしろ、それ以外でも」

「わたしは隆夫さんを騙しているのに」

「そこは構わんそうだ。むしろ女の子でよかったと」

 お父さんは野菜たっぷりのコンソメスープを飲んだ。

「……」

 もしも子どもを作れなかったら。

 お払い箱にされるのは仕方ないとしても、騙したことを咎められないかしら。

 ちぎったパンを口に入れながら、未来のことを考えて心が震える。

「一つだけ言っておくぞ」

 重々しい声に、わたしは顔を上げた。

「これは親としての忠告だ。隆夫くんのお父さんは、奥さんが二人いる――実際に結婚している妻と、外にももう一人。同じことを息子がしないとは限らない。耐えられるか? おまえに」

「分からない」

 としか答えようがない。

 でも、どこかでほっとした部分はあった。

 もしもわたしが外の妻になれば、子どもができなかったとして、そう責められることはないのではないか。

 隆夫さんは男の子の“ほく”を好きになったのであって、子どもがほしいとかは現時点では思っていないはず。

「嫁に行くことだけが幸せじゃない。お母さんは専業主婦だが、世の中には勤めに出る女性はいくらでもいる。仕事に生きがいを感じることも」

 パセリを振りかけたライスを、スプーンですくうお父さん。

「特におまえは、これまでがんばってきただろう。これからも」

 わたしはお水の入ったコップをテーブルに戻した。

「キャリアウーマンと呼ばれている人はすてきね。でもわたしの夢はそれじゃないの。好きな人に愛されて、子どもが二人いて、家族のために毎日がんばってる――手に入れられないかもしれないものは、喉から手が出るほどほしい」

 言い切った後、心臓がドキドキしているのが分かった。

 これが本心、わたしの。

「雄二……いや、ユウミか。俺はおまえの気持ちを知らないわけじゃないんだよ」



 夏休みが終わった。

 九月に入り、自由科は校舎を開けているけど、ぼくはそこじゃなく綾瀬さんちにお邪魔していた。バイトも休んで家で勉強するって言うから。

「ん、この教科書見たいの?」

 綾瀬さんがお台所のテーブルで開いているのは、高校生の世界史。インディアンの格好をした人が、船の上から何か捨ててる――白黒写真が載ってるページ。

「あ、うん、いい?」

「もちろん。皆ヶ崎くんは歴史が好きなんだね」

 はい、と手渡されたそれをちょっとめくり、何か探してる振りをする。

 ぼくは小六社会をやりながら、中学の教科書(お父さんの本棚から借りてきた)も読んでいた。だからだろう、綾瀬さんがそういうふうに思ったのは。

 本当に見ていたのは、これの持ち主。

 いつか言わなきゃいけないことを、ご両親か誰かから耳にする前に、言っておかないといけなくて。

 なかなかその勇気は出ないけど。

「勉強熱心だよね。ライバルがいるんだっけ?」

 ぼくは前にそんな話をしていた。同い年で飛び級してる子に勝ちたいって。

「うん。まだ勝ててないけど」

「あ」

 突然、目の前の人は立ち上がった。

「郵便が届いたみたいだ。ちょっと行ってくる」

「えっ」

 言うが早いか、綾瀬さんは廊下の先の玄関に向かい、外へ出て階段を下りていった。

(バイクの音なんて、気に留めていなければ気がつかないよ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ