②−4 アキ(2)
わたしの父が経営するDONBURIレストランは、名前の通り、牛丼や親子丼など丼料理を提供する店だ。
お兄ちゃんが生まれる頃ぐらいに、父が会社を立ち上げた。今では関東一帯にそこそこの数の店舗を持っている。あざみの繁華街にも一店。
ここへ来るまでに、泡の経済崩壊とか、危機はあったらしい。でも『人間が食事をしなくなることはないし、宝石ほど高価なものを扱ってるわけじゃない』から、何とか乗り切れたそうだ。
回転率の高い、食べたらすぐ退店の一般的な牛丼屋さんと違い、ある程度長居しても大丈夫な、ファミレスに近い店。杏仁などデザートだけの注文もOK。
値段は少し高め設定だけど、おいしい丼物をゆっくり味わいたいお客さんが来てくれる。
「わたしが何者であるかは、重要なことかしら」
アキさんには背を向けた。雄二の格好なのに、顔がユウミじゃおかしいから。
「参考にはなる、隆夫の相手としてふさわしいかどうか。……商家の生まれなら、ある程度価値観を共有できる」
「もしかしてご両親は、わたしのことを知っているの?」
怖かった。隠していることが、思いの外広範囲に知られているかもしれないなんて。
綾瀬さんの耳に入る日は、そう遠くない。
「知ってるよ。伯父さんと伯母さん、それにあの家の執事も」
執事がいるなんて、どんなお金持ちの家なの。背中に冷や汗が流れる。
「誰も反対はしていない。むしろうまくいくといいと思っている。一番重要なのは、あの隆夫が気を許せる相手だということ――性別がどうであれ」
わたしはめがねを外して、アキさんの方を向いた。手のひらの付け根辺りで、目元を拭う。うれしかったんだと思う。
「いや、訂正する。体の性別が女性であることは、かなり重要なポイントだった。後継ぎを生んでもらわないといけないから」
「後継ぎ」
「先の話だ。今すぐではない」
赤ちゃんができるかどうかは正直分からない。わたしの体に子宮はある。卵管、卵巣も。
でも生理が起こる保証はどこにもない。
器官が存在することと、それらが機能するかは別だもの。
「じゃあ、わたしは隆夫さんと結婚していいの?」
もちろん隆夫さんの意志が一番だけれど。結婚は二人だけのものではないから。特に相手のご両親の承諾は、わたしが欲しい。
「ぜひお願いする。二人に代わって私から言わせてもらうよ」
正午が近い。ぼくは綾瀬さんちの部屋の前で、呼び鈴を鳴らした。
少ししてドアが開かれる。
「やあ、遅かったね」
待ち焦がれたという表情。
「ごめん。そこで従妹のアキさんと話してて……。これを預かったよ」
下の方に欧立学園と印字された大きい封筒。ぼくも自由科に移籍するとき、書類の入った封筒をもらった。
これの中身は分からないけど、学校関係の何かだろう。のり付けした後、緘のハンコが押されている。
「あ……」
一瞬、気まずそうな顔。ぼくが存在を知ってはいけない書類なのかな。
「悪いね、ありがとう」
受け取った封筒を、綾瀬さんはしばらく抱きしめていた。
「中に入っていい? 暑くて」
室内からは気持ちのいい風。
「あ、うん、どうぞ」
その日、綾瀬さんはどこか上の空だった。




